|  
「 見て、。星が瞬いている 」
 
 
 
 
 
 姜維が、夜空を指を差す。
 子供のように嬉々と話しかけてくる彼とは対照的に、私は気だるそうに身体を揺らした。
 やっとの思いでひっくり返すと、剥き出しになった彼の肌に見惚れつつ、指先を追った。
 黒と紺色のペンキをぶちまけたような重たい空の中に、真白い煌きが浮かんでいる。
 
 
 「 ほんとだ 」
 
 
 ・・・全然、気がつく余裕もなかった。
 そう呟くと、姜維は苦笑する。確かに、と思っているのだろう。
 
 
 「 綺麗だね 」
 「 うん、綺麗 」
 
 
 彼と私は、二人で夜空を見上げる。部屋の窓から覗く星空は、一枚の絵のようだった。
 きらきら、きらきら。
 音こそないものの、瞬く星は自然界のシャンデリアのように、静かに私たちを見守っていた。
 ・・・誰に見られたわけじゃいけれど、何だか少し恥ずかしい。
 それこそ獣のように求めあい、愛し合って、すべての熱が鎮火するまで随分と時間がかかったから。
 私たちがどんなにお互いを必要としているか・・・星空には見透かされているような気がして。
 あ、と呟いて、隣の姜維はごろりとうつ伏せの姿勢になった。
 
 
 「 そういや・・・忙しくて忘れていたけれど、もうすぐ七夕節だっけ。
 がいた『 日本 』では、笹の葉に願い事を書いた短冊を飾る、んだよね? 」
 「 うん。えっと、中国ではお裁縫が上手になるようにってお願いするんだっけ? 」
 「 そう・・・ふふ、は偉いね。ちゃんと覚えているんだね 」
 
 
 嬉しそうに笑った彼にくしゃりと頭を撫でられて、私も微笑む。
 そのまま肩を抱き寄せられ、甘えるように彼の肩に頭を預けた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ・・・姜維が好き。彼を心底愛してる。
 智勇を兼ね備えた蜀の軍師。その地位よりも、真面目で優しい彼の人柄を心から尊敬している。
 どんな時代に、どんな出逢い方をしたとしても、彼に惹かれる自信があるもの。
 
 
 だから・・・この世界に『 降って 』きた時、誰よりも一番最初に彼に出逢えていたら・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 今まで、何度そう願っただろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 「 ・・・ねえ、 」
 「 ん?・・・・・・ッ! 」
 
 
 見上げた視界に、濃茶色の幕が引かれる。耳元で、彼の耳飾の揺れる音がした。
 キスは棘となり、心の奥の奥底で溶けて楔になると、私を柔らかい『 痛み 』で支配していく。
 その『 痛み 』に涙しながら、それでも彼に愛される歓びに打ち震えるのだ・・・。
 
 
 「 今夜・・・丞相は遠征先から帰ってこないそうだ 」
 
 
 指と指を絡ませて握っていた掌に力が入った。
 はっと顔を上げると、姜維の真っ直ぐな・・・有無を言わせぬ強い瞳があった。
 
 
 「 このまま、私の部屋に泊まっていって欲しい・・・を、抱き締めて眠りたい 」
 「 ・・・姜維・・・ 」
 「 貴女は、いずれ丞相の『 妻 』となる人。私との『 関係 』に悩んでいるのは、重々承知している。
 けれど・・・今夜だけは、七夕節の星空の恋人のように、一夜の逢瀬を許して欲しい 」
 
 
 真剣な眼差し。好きな人に求められて嬉しいはずなのに、たまらなく胸が締め付けられる。
 私は・・・姜維の、こんな風に真っ直ぐなところが好きで。
 彼との『 関係 』を深めることを覚悟した時も、今みたいに苦しむことや悔やむことはわかっていたはずなのに。
 人を傷つけることでしか成り立たない恋愛に、愛する人たちを巻き込んで。
 途方に暮れた私を拾ってくださった孔明さまにも、娘のように慈しんでくれた月英さまにも・・・そして、姜維にも。
 ただ、ただ、申し訳なくて・・・彼らの愛に触れるたびに、死すら厭わない気持ちになるのだ。
 
 
 黙ったまま塞ぎこんだ私の頬を、姜維の両手が包んだ。
 
 
 「 ・・・私は、貴女を愛している 」
 「 ・・・姜維・・・でも、私、 」
 「 愛しているんだ、誰よりも。貴女を想うこの愛だけは、丞相より勝っていると信じてる 」
 「 ・・・・・・・・・ 」
 「 貴女から愛の言葉をもらおうとは思わない。だけど、はそれに傷つかないで欲しい。
 私は貴女と過ごす、この『 一瞬 』だけで満足しているのだから 」
 
 
 にこりと笑った彼は、私の涙を唇で拭う。
 
 
 「 どうか泣かないで。星は『 貴女 』という空で輝くからこそ、美しいのに 」
 
 
 その星を掬う私は罪人だね、と彼は笑うけれど、罪人は私の方だ。
 ・・・いつか、きっと罰が下る。
 尊敬はしていても、愛していない人へと気持ちを偽って嫁ぐこと。
 本当に愛している人に、一言も本音を告げることも出来ずに離れること。
 
 
 「 姜維の中にだって、星が瞬いてるよ 」
 
 
 誰にも真似できない、貴方だけの輝きが。
 光り輝く貴方という星の行く末を、せめて傍で見届けさせて。
 七夕節の織女と牽牛の間を流れる、天の川のように。
 私と姜維が、今生で『 運命 』に隔たれたとしても・・・私は、絶対に。
 
 
 
 
 
 
 「 貴方を、見失わないから・・・例え、生まれ変わったとしても 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 溢れる涙が、私の中の『 煌き 』ならば
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
星屑を撒いておくよ、 きみが迷わないように( この星を頼りに、どうか次の世では幸せになれますように。愛する人と幸せになれますように ) 
 
 
 
 
 
 
 Title:"ユグドラシル"
 
 
 
 
 |