俺は、走っていた。




 ぐるり、ぐるり、と。うねる迷宮の中で、独り彷徨っていた。
 此処には誰もいない。誰も助けに来てくれない。
 泣いても、叫んでも・・・俺は、独りぼっちで・・・。


 声が、した。


 柔らかい、女性の声。
 誰の声かは、すぐにわかった( 俺は、その音が大好きだ )
 声のした方向に、一直線に走っていく。
 懸命に手足を動かして。ジタバタともがいてもがいて。




「 ・・・っ!! 」




 伸ばした掌に、重なる、もう一つの掌。
 ほぅ・・・っと吐息を漏らした、瞬、間。








 彼女の掌が、砂のように風化して・・・指先を流れていった
























「 ・・・・・・ぅぁっ!!! 」


 悲鳴を、絶叫をあげたと思ったのに・・・声にならなかった。
 こじ開けた瞳に、差し込む月夜の光。
 軽く混乱状態に陥っていた俺は、見慣れた天井に、平常心を取り戻す。
 え、と・・・俺の、部屋、か?ここは・・・・・・いや、違うな。
 周囲に漂う、花の匂い。彼女の好きな、ポプリの香りだ。
 よく見れば、部屋のインテリアが俺のとは違う。


 ・・・そして


「 ん、ぅ・・・ 」


 息を吐く音がして、ごろりとが寝返りを打った。
 柔らかい髪が、汗ばんだ彼女の額に貼りついている。
 取り除いてやると、少しくすぐったそうに、身体を縮めた。


「 ほら、・・・こっちおいで 」


 眠っている彼女を引き寄せて、その身体をそっと抱き締めた。
 生まれたままの姿で抱き合った2人の肌が、重なる。
 今まで触れた、どんなものよりも・・・心揺さぶる、肌。
 揺らぐ気持ちを抑えるように、大きく息を吸って・・・瞳を閉じた。












 なんて、声をかけたらいいかなんて、考えなかった。
 けれども、放っておけるほど、軽い存在ではなかった。




『 ・・・付き合っていた人に、フラれたらしいよ 』




 任務から帰ってきたばかりの俺の耳に入ってきた、そんな噂。
 コムイに報告書を提出し、その足で彼女の部屋を訪れる。
 ベッドの中で身体を丸く縮めて、小さく震える姿に、俺は憤った。


 ・・・何でだよ。何でこんなことに、なってんのさ!?
 つい、この前まで、あんなに幸せそうな顔してたヤツがさ。
 どうして・・・口も利けないほど、辛い目にあってんだよ!!


「 ・・・ラ・・・ 」


 を抱き締めて、悔し涙を流す俺に。
 信じられない言葉が、心も、身体も・・・全身を貫いた。






 躊躇いは、なかった。


 彼女が欲するなら・・・生命だって、くれてやるさ。














 俺は、無我夢中で、彼女を貪った














「 ・・・俺・・・ 」


 傍らに眠る、彼女に語りかけた。
 伝えたかった言葉。伝えられなかった言葉。
 だけど・・・今となっては、伝えてはならない言葉、さ。


「 好きだ 」


 もう、戻れないんだな・・・。
 お前にとって、恋を応援してくれる『 親友 』という存在には。


「 好きだ 」


 ・・・それでも・・・後悔、していない・・・さ。
 彼女の望むように、その身体ごと、愛してあげることが出来て。
 傷ついたの心を、俺というオブラートで包んであげれば。
 自分を誤魔化すことで・・・君が、少しでも、楽になるのなら。


「 ・・・・・・・・・好き、だ 」


 白い首筋に顔を寄せると、彼女の匂いがふわりと鼻をくすぐる。
 ・・・ずっと、憧れていた。
 こんな風に、彼女が俺の胸の中にいること。


 彼女は・・・情事の間、俺の名前を呼ばなかった。
 どんなに宥めても、優しくしても・・・泣いていて。
 愛しかった彼の名前ばかり、口にしていた。




( 俺を、俺自身を・・・・・・見てはくれなかった )












 わかっていたのに。後悔してないはずなのに




 なのに・・・どうしてこんなに、気分が、晴れないんさ












「 ・・・・・・ 」












 胸を、痛いくらいに締め付ける
 この感情の『 名前 』を・・・俺は、知らない


 ただ、彼女を抱き締めて。きつく、きつく、抱き締めて・・・






















 静かな、月明かりの中で




 むせび泣くことしか・・・・・・出来なかった・・・・・・
























今、君を抱いてる





( 忘れないで 私のことより あなたの笑顔を 忘れないで )




Title:"Seacret words"

Material:"青の朝陽と黄の柘榴(青柘榴)"