深夜、3時。






 明け方にはまだ遠い闇色のカーテンの向こうに、ひとつだけ灯りのついた部屋があった。
 ・・・ノックをしても、いいものだろうか。
 消し忘れただけで、本当はぐっすり眠っているのかも。だとしたら、起こすのは可哀想だな・・・。


「 ( 忙しい御身だし ) 」


 任務のために放浪してた人が、久しぶりに帰って来たんだもの。
 王宮にいる間くらいは、ゆっくりして欲しいな。
 でも寝てるなら、灯りは消した方が・・・
 ・・・なんて部屋の前でうろうろしてたら、小さく吹き出したような声がした。


「 ・・・俺は起きてるから、遠慮せず入ってこい 」
「 は、はいっ!( バレてる・・・! ) 」


 ぎ、とドアを開ける。ランタンの柔らかい光の側に、彼の影を見つけた。


「 あの・・・ゲオルグ様、お休みにならないのですか?お疲れでしょう 」
「 疲れてはいるがな。目を通さなきゃならない書類も、外に出てた分だけ、溜まっててな 」
「 何か暖かい飲み物でもお持ちします 」
「 いや、もう終わる・・・これにサインをすれば、と 」


 羽根ペンがくるくると動いて、キュという音がして紙が離れた。
 ゲオルグ様は、書類に不備がないかざっと見渡してから、大きな吐息をついた。
 そして・・・ようやく、隻眼に私が映る。


「 ・・・こうして、ゆっくりお前と話すのは久しぶりだな 」
「 いつも任務お疲れ様です 」
「 今夜は、が夜回りの当番なのか? 」
「 はい。この部屋で最後です 」


 当番制で行っている夜回りは、自室に始まり、自室で終わる。
 ゲオルグ様付きの私の部屋は、この部屋の隣にあるので、あとは戻るだけ。
 彼はそうか、と満足そうに頷くと、近くにあった丸椅子を引き寄せた。


「 じゃあ、ここに座れ。旅先で調達したワインがあるんだ 」 


 ドン、とテーブルに重そうなビンを置く音がした。
 揺れる液体は、綺麗な褐色の、赤ワインの色。


「 そ、それは、いけません! 」
「 何故だ?フェリドはお前が呑めるクチだと言ってたぞ? 」
「 ダメです!お酌だけならまだしも、ゲオルグ様はご主人様で、私は、ただの、侍女で・・・ 」
「 侍女が、晩酌に付き合うのはいけないのか? 」
「 ・・・い、いけま、せんっ!! 」
「 ふむ、では仕方ない・・・・・・! 」
「 はいっ 」
「 晩酌に付き合え。主人たる俺の命に従わないのは、アルシュタート陛下に逆らうことと同じだぞ 」
「 ・・・ゲオルグ様、卑怯です 」


 私が逆らえないことを、知っていて。
 恨めしそうに見つめる私に、彼は満足そうに頷いて小さなグラスを差し出した。
 いただきます、とそれを一口含む。


「 美味しい 」


 そうだろう?とゲオルグ様は頷いて、それは嬉しそうに笑った。
 自分のグラスを飲み干すと、旅先での思い出を語り出す。
 もちろん、任務内容じゃなくて、触れたモノ・感じたコトの話。


 ・・・彼の旅の話を聞くのは、初めてじゃない。
 口数の少ない、と噂のゲオルグ様だけど、私と話す時はそんなことないのに。
 体験した一瞬、一瞬を思い出しながら語る表情豊かな彼を見るのが、とても好き。
 私は早くからこの王宮にお勤めしているのもあって、何ヶ月も家を空けるほどの旅をしたことはないけれど
 きっとこの人となら・・・ゲオルグ様と旅をしたら、楽しいだろうなぁ・・・。


「 ああ、ワインがなくなったな。二人で飲みながら話すとあっという間だな 」
「 ・・・そう、ですね・・・」
「 フェリドの言う通り、は酒に強い部類だぞ。
  絶対的ではないが、長く一緒の時間を過ごすなら、酒の呑めるヤツの方が有難いな 」


 女のくせに、なんて言われると思ったのに。
 私は、なぜか凄く誇らしい気持ちになって、心に何かが満ちていくのを感じた。






 大好きな、ゲオルグ様・・・私も、お側にお仕えできて幸せです。
 この王宮にいて、ゲオルグ様のお世話を出来て、不満に思ったことなんてないけれど。
 いつか・・・いつか、貴方の隣で色んな土地を回ってみたい・・・。






 ・・・余計な言葉まで口にしてしまいそうだったのは、きっとワインのせいね。






「 ・・・? 」






 お付きの身で、愛を語りたいなんて思わない。
 高望みするだけ無駄だってわかってるから、今以上の関係なんて望んでない。
 精一杯お仕えすることが、私に出来るせめてものことなんです。






「 仕事後に付き合わせて悪かったな。今日はこのまま俺と一緒に寝るか、ハハ 」






 何だか、ゲオルグ様が血迷ったような台詞を吐いたような気がしたけれど。
 既にこんこんと寝ていた私は、応えることも、抱き抱えられたことにも気付かなかった。


 ゆらゆら揺れて、身体を受け止めた柔らかなシーツから、おひさまの匂いがした。










「 お休み、 」

















 低い、優しい声が私の意識を包んで




 ゆっくり幸せな夢の世界へ堕ちていった・・・・・・

















intermezzo





( 俺は”ただの”なんて思ったこと、一度もないって・・・いつか、教えてやるよ )






Material:"Abundant Shine"