綾時くんを見ると、ドキドキする。
それはどこか『 懐かしさ 』に似ているような、胸が締め付けられる想い。
まるで・・・置き去りにされた、自分の半身を見ているような( 前世で双子とかだったんだろうか )
彼が他の女の子に声をかけているだけで、苦しくて、切なくて、痛くて。
我を忘れてしまうほどの嫉妬にかられそうになるのに・・・目が、離せない。
「 それって、、恋なんじゃないの? 」
浴衣姿のゆかりが、ビシッ!と私に人差し指を突きつける。
声も出せずにいたら、加えていたポッキーだけがパキンと音を立てて折れた。
「 ・・・え・・・えええっ!? 」
「 反応遅いよ。てか、高校生にもなって、どーしてそれが恋だって気づかないワケ? 」
「 ま、まあまあ、ゆかりちゃん・・・ 」
たたみかけるゆかりに、顔を紅くした風花が割って入る。
修学旅行先での夜、寮で集まる以上に気分が高揚して、なんとなーく話し始めた彼のコトだったけど。
まさか・・・こ、こここ恋!?てかこれって、コイバナってヤツ!?( そんなつもりは! )
呆然とする私を見て、二人は肩をすくめてクスクス笑っていた。
「 なんか意外です・・・ちゃん・・・ 」
「 こ・・・恋、って、言われると・・・なんか恥ずかしい、なあ 」
「 恥ずかしいのは私たちの方だって。今更、初恋なの?もしかして 」
「 ・・・よく、わからない 」
恋、と言われてしまえば、そうなのかもしれない。
どこにいても目で追いかけてしまうし、離れれば途端に寂しくなるし、不安になる。
( もしかすると・・・アイギスも、こんな想いで私を見ているのかな )
グラグラしているのは、私の胸中なのに、目まで回ってきそう・・・。
「 ちゃん、どこ行くの? 」
「 頭・・・冷やしてくる・・・ 」
「 ちょ、大丈夫!?ついて行こうか? 」
「 ううん、平気。もし遅かったら、先に寝てていいからね 」
心配してくれる二人には悪いけど、独りになって、頭ん中をクールダウンしたい・・・。
廊下に出ると、幸い、人気はなかった。
それぞれの部屋から少しだけ笑い声が漏れたりしているから、寝てはいないのかもしれないけど。
・・・あまり出歩くと、先生にみつかった時が厄介だ。
せめて近くの自動販売機でジュースでも買おうと、私はお財布を握り締めた。
「「 あれ? 」」
がらん、ごろがらごろらん・・・
3つ目のジュースを販売機から取り出そうとしているところだった。
足音はなかったけれど、何となく気配を感じて振り返った、その時。
「 ちゃん 」
「 りょーじ、くん・・・? 」
あれ、ココ3階だよね。男子は2階だよね。何で綾時くんが・・・。
と、質問を重ねる前に、彼は自分の口元に人差し指を立てた。
黙ってて・・・とでも言うように、ふんわりとした笑みを浮かべて。
そして、ジュースを抱えた私の腕を掴むと、ベランダへと続く窓の鍵をそっと開けて、表へ出た。
「 ( ・・・・・・あ、っ・・・・・・ ) 」
「 ・・・ここまで来れば、誰にも見つからずにさんと話せるかな 」
灯りから遠ざかった場所にベンチを見つけて、私と綾時くんは一息吐いた。
秋といっても、お風呂に入ってから随分と時間が過ぎている。
あっという間に冷えた身体を抱き締めると、肩にふわりと温もりが宿った。
「 ありがとう 」
「 どういたしまして・・・ふふ、さんって可愛いな 」
「 ・・・そ、れも、ありがとう 」
「 それも『 どういたしまして 』かな?でも、そう思ったんだ、本当に 」
綾時くんは、真っ直ぐな瞳で私を射抜く。
だから・・・気恥ずかしくなって、肩にかけられた半纏を直すフリをして、俯いた。
彼の口から紡がれる甘い『 殺し文句 』には、慣れたほうだと思っていたのに・・・まだまだ、だなぁ。
こうやって、何人もの女の子に声かけてたの、知ってる。
だから、私は彼に恋なんてしない、って・・・なのに・・・。
「 どうして・・・泣いているの? 」
「 ・・・わからない 」
さっき見えた、首筋のキスマーク。
仕掛けられてる甘い『 ワナ 』は、私にだけじゃないってわかっているのに。
それでも・・・惹かれてしまう自分が、情けなくて、悔しくて。
こんなに、こんなに、ココロがドロドロしているの、綾時クンに知って欲しく、なく、て。
「 ・・・何でも、な「 何でもなく、ないでしょ 」 」
言い方こそ柔らかかったけれど、いつもよりも力の篭った彼のセリフ。
はっとして顔を上げた私の唇に、飛び込んできた影があった。
「 ・・・・・・っ、 」
突然のキス、に、びっくりしたまま、瞳を閉じる余裕すら・・・ない。
真っ白になった頭の中。彼の腕の中で、為すがままになっている、私。
抱えていた缶ジュースが落ちて派手に音を立てたが、彼も私も唇を解いて拾うことはなかった。
何にも考えられないまま、視界にちらついた、黒い髪。
綾時クンのものだって気づいた時・・・閉じられていた彼の瞳が、開いた。
「 んんっ!?ふ、うっ・・・! 」
差し込まれた綾時クンの舌が、容赦なく口内を犯した。
一歩引いた身体に、彼の腕が巻きついて、逃げることが出来ない。
唇の隙間から、必死に酸素を求めて。
零れた唾液が羞恥心を煽り、更に身体が熱くなった。
・・・く、る・・・しィ・・・!!
その呪縛から解き放れたのは、瞳から涙が零れた瞬間だった。
綾時クンが自分の浴衣の袖で、そっと涙を拭って、口元を拭ってくれた。
「 ちゃん・・・ごめんね、泣かないで 」
「 う・・・ん・・・ 」
「 ・・・でもね、僕、君しか見えてないんだ 」
頬の火照りがちょっと落ち着いたのを見計らってか、ふとそんなコトを言い出した。
「 胸元に・・・キスマークあっても、そんなこと言うの? 」
「 ・・・ああ、コレ?ふふっ、だからちゃん、小さくなってたんだね 」
「 ちい、さく? 」
「 ウサギさんみたいだったよ。小さくなって、僕をその澄んだ瞳で見上げて、震えてた。
だけど・・・ホントは、かまって欲しかった。違う? 」
彼は、いつものように優しい微笑みをたたえていたのに。
『 何か 』を感じて・・・一歩後ずさった( そう、それは私の中にもあった、『 黒 』 )
そんな私の両肩に手を置いて、ゆっくりと引き寄せられる。
凍ったままの耳元に、そっと・・・彼の吐息が、かかった。
「 ちゃんのことが、本当に好き、だよ 」
「 だから・・・君が僕に堕ちる『 もう少し 』だけ、待っててあげる 」
ちゅ・・・と触れるだけのキスをして。
綾時クンは、おやすみ、と私に告げて、去って行った( やっぱりいつもの微笑みを浮かべて )
取り残された私に、秋風が吹き付けたけれど、寒くなんて、なかった・・・。
そのまま地べたに座り込んで、膝を抱えた時に零れた涙は、何を・・・意味するのか。
・・・遠くで、ゆかりと風花が私を呼ぶ声がした。
ああ、そっか・・・クールダウンするどころか、ますます頭の中は大混乱だ。
でも先生の点呼が始まって、二人に迷惑かけるのはよくない。
落ちた缶ジュースを拾おうとした手が、信じられないほど震えていたとし、ても。
・・・戻ろう。戻らなきゃ。
顔を上げた時に零れた、最後の雫を拭って
私は、声のするほうへ・・・『 元 』の居場所に戻るため、その場を後にした
その一瞬だけは永遠
( ホントは、わかってた。もう、とっくに・・・・・・堕ちてたんだ、ね )
Title:"ユグドラシル"
Material:"青の朝陽と黄の柘榴(青柘榴)"