慎吾はたっ、たっ、たっ、と軽々と石階段を駆け上がる。
 ( ヤツの背中には羽根でも生えてるのかな、もちろんアクマの )
 天辺から、途中の踊り場でへたばっている私を見下ろし、唇をいやらしく歪めた。


「 だっらしねーの、元マネジだろ 」
「 う、うっさいっ!! 」


 ムキになった私を一瞥すると、鼻を鳴らして踵を返した( 酷い! )
 置いていかれるのは、悔しい!私は慌てて、残りの階段を上った。
 彼が立っていたその場に着くと、膝がかくん、と落ちた。
 はふ、はふ・・・と弾んだ息が落ち着くのを待っていると、視界が翳った。
 見慣れたスニーカーの爪先。慎吾の、だ。


「 ダイジョーブか? 」
「 ・・・ん 」
「 掴まれよ 」


 差し出された掌。おっきくて、いくつかのマメの痕がある。
 でも、薄くなっている。これが消える頃には・・・卒業式を迎えているだろう。


「 センター試験、明日なのに随分余裕だよねー、私たち 」


 掌を重ねて、私はそう言う。慎吾が少し力を篭める。
 彼の勲章でもある傷痕が、私の手の中で擦れた。
 3年間マネジとして、だけど、傍で見守っていられたのは幸せなことだなって思う。
 急に嬉しくなって、頬が緩んだ。


「 ・・・ふふっ 」
「 何だよ、気持ちわりぃな 」
「 んまっ、失礼しちゃう! 」
「 ほら、とにかく賽銭投げるぞ 」


 三箇日を過ぎた小さな神社に、参拝者は少なく。
 カバンの中からお財布を取り出す間に、自分たちの番になった。


「 、順番だぞ 」
「 え、あ、ちょちょっと待って・・・!! 」
「 待てねぇ。お前の分も投げるぞ 」


 彼は、ポケットから取り出した硬貨を投げた。
 はじめから、私が間に合わないと思って用意してくれていたんだろうか・・・。
 チャリン、チャリリン・・・と音がして、賽銭箱の中に吸い込まれていく。
 隣で、慎吾が手を合わせたのを見て、私も慌てて頭を下げた。


「 ( どうか・・・ ) 」








 ・・・願いごとを頭で思い浮かべようとしたのに・・・・・・・・・空っぽだった。








 二人で同じ大学にいけますように、とか。
 卒業しても島崎の傍にいたい、とか。
 慎吾が、私のことを好きになってくれますように、とか。
 いっぱい考えていたけれど、結局どれも虚しいような気がした。




 私が叶えて欲しいのは、そんなことじゃない




 もっと・・・もっと・・・・・・








「 ・・・? 」


 訝しげな声がして、はっとなって、瞳を開けた。
 目に映ったのは、眉をひそめた慎吾の顔。


「 ・・・慎、吾 」
「 どした?具合でも悪い?? 」
「 慎吾・・・私、私ねっ・・・!! 」
「 ・・・とにかく場所、変えるぞ 」
「 う、うん 」


 ・・・そっか、後ろで人が待ってるもんね。
 私たちは賽銭箱の列から離れ、大きな樹木の根元に立った。
 ここならそんなに目立たないし、話していても周囲の音が隠してくれる。
 俯きっぱなしの私の顔を、慎吾が覗きこむ。


「 おーい・・・どうしたんだよ 」
「 ・・・何でも、ない、です 」


 感情に流されて・・・告白、してしまうところだった。
 ・・・私のバカバカ!明日、センター試験なんだよ!?
 し、慎吾は揺らぐことないかもしれないけれど、私はフラれたら大揺れだ・・・!
 自己中心的かもしれないけど、こんなカタチで告白したくない。


「 何だよ、らしくねぇな。ハッキリしないなんて 」


 慎吾は笑って、私の頭をぐしゃぐしゃに撫でたけれど、それ以上、聞かなかった。
 何かを察してくれたのか・・・それとも彼は、もうとっくに気付いているのかもしれないな。


 ・・・とにかく、今の私には有り難いことで、ようやく笑顔になれたんだ。


「 ごめん、慎吾 」
「 うおっ、素直なのはお前らしくなくて、キモいぞ 」
「 酷いっ!! 」
「 あ、それそれ。そうでなくっちゃ 」


 帰るぞ、と慎吾が言った。頷く私の手を、ふいに彼が取った。
 そして、着ていたコートのポケットに忍び込ませる。
 二人分の掌を受け入れて、コートのポケットが大きく膨れていた。
 私の胸もいっぱいになって、何だか泣いてしまいそうだった。
 高まる熱を誤魔化すように微笑むと、慎吾も少しだけ笑った。


 ( ・・・あの、いやらしい笑い方じゃなかった。私の好きな、笑顔 )






 卒業式まで、あと少し
 それが、タイムリミット。慎吾の隣を、何食わぬ顔で歩ける、最後の日
 春からは各々の新生活が待っていて、慎吾は私のことなんか忘れちゃうかもな
 来年の今頃・・・慎吾に『 忘れられた 』私の掌は・・・誰と繋がっているのだろう


 きっと、この気持ちを伝えるから
 それまで待ってて、誰のモノにもならないで
 もう一人の『 私 』が声の限り叫んでいるのに、臆病な『 私 』が耳を塞ぐ












 私たちを繋ぐものが、赤い糸じゃなかったとしても


 もう少しだけ、勇気を蓄える時間を下さい・・・・・・神様












あたしと貴方を繋ぐはくない、



( いつかきっと、赤く染めてみせるから )






Title:"ユグドラシル"
Material:"NOION"