無意識に。
グゥ、とくぐもった声と共に、私はそれを吐き出した。
・・・ぽた、ぽたっ・・・
信じられないものを見つめるように、だけど納得したように。
おびただしい量の血が、地面に吸収されていくのを、黙って見届けた。
『 死 』
その一文字が、私の頭をよぎった。
・・・嫌、嫌よ。まだ、死ねない。死にたくないよ。
急に怖くなって、身震いする身体を力いっぱい抱き締めた。
怖い・怖い・怖い・怖い・怖い・怖い・怖い・怖い!!!!!!!!!!
まだくたばっちゃいないよ、と心臓が主張した。
その鼓動も、どんどん弱まっていくのがわかる。
私は、ローズクロイツの上から心臓を掴んだ。
わかっていたハズなのに、わかっていなかった・・・戦いがもたらす、最悪の結果。
私は、エクソシストとしてもの自分を、とても誇りに思っていた。
AKUMAを倒して、世界を救うのだと。
それって・・・そんな自分に、『酔って』いただけ、なの・・・かなぁ。
わかっていないようで、わかっていた・・・この戦闘が始まった時、私は死ぬかもしれない、と。
なんていうの?こーいうの。・・・あ、そう。女の第六感、とか、虫の知らせ。
霊感とか、そういった類の、信じる気にはなれないけど
これが『運命』というならば・・・信じるよ。
任務の知らせを受けた時に、何ともいえない感覚が身体を襲った。
青ざめた私に、ミランダさんが「・・・、大丈夫?」と気づかってくれた。
すかさずリナリーが、「兄さん、をはずすことは出来ないかしら?」とコムイ室長にかけあってくれた。
コムイ室長は私の顔を覗いて、「今回はやめておくかい?」と心配そうに尋ねてくれた。
彼らの顔を見渡して、一人一人に、大丈夫・ありがとう・任務に出ます、と言った。
任務先は、私の、生まれた、街。
物心つく頃から教団に引き取られたから、記録の一つとして残っているだけ。
その地に足を踏み入れて・・・あの時、教団で襲った感覚が、ただの偶然ではないことを教えられた。
AKUMAと戦闘が始まって・・・それが、『運命』であることを、悟った。
この地に生まれ、朽ちていくことを。
私は、一緒に任務に出たリナリーやミランダさんとは、離れた場所で一人戦っていた。
成長を遂げたAKUMAは、私の手には負えず、致命傷を与えた。
そして、余命幾許もない私を置き去りにして、リナリーたちの元へ走ろうとする。
それを止めるのが、私の最後の・・・最期の使命だと思ったの。
イノセンスを最大まで開放し、AKUMA退治した。だけど・・・。
同時に、私の『余命』をも、奪ってしまった。
そうね・・・あのAKUMAを見逃していれば、生きられたかもしれない。
だけど、許せなかった。
私は、彼女たちをとても愛していたし
(そんな彼女が傷つくところを見たくなかった)
彼女たちを支える、教団の皆がとても好きだった
(きっと彼女たちを失えば、皆の心が傷つくでしょう)
自分が、ヒトのために死ねる奴だなんて・・・思わなかった・・・
再び、嘔吐感がして、抑えたハズの両手の指の隙間から、音をたてて血が零れた。
流れていく血の中に、生気のない私を見た。
こんな私を見たら・・・彼は、何と言うだろう。
舌打ち、するかな。呆れて、ため息つくかな。
眉間にしわ寄せて、険しい顔になるのかな。
それとも・・・優しく、抱き締めてくれるかしら。
『死ぬな』
旅立つ時、いつもは"へ"の字になっている彼の口から、放たれた言葉。
震えを押さえて無理矢理作った笑顔が、そこで崩れた。
彼は、無言で私を受け止める。
彼の温度が、私の畏怖を鎮めた。
彼のキスが、私の頭をいっぱいにした。
彼の愛が、私の心を満たした。
ごめんね、神田。
約束守れなくて。
でも、愛してる。貴方は、私の『全て』だった。
私のことは忘れて、なんて、都合のいいコトは言わないよ。
私をとても愛してくれているのを、知っているから。
限りない愛で包んでくれているのを、知っていたから。
だから・・・私のことは忘れずに・・・それでも、幸せになってね。
貴方が幸せなら、私もきっと、幸せだから
・・・遠くで、AKUMAの潰(つい)える光が見えた。
眩しい・・・と、私は眼を細めた。
私が向かうのも、きっとこの光の先なんだ。
『救済』という名目にかこつけて、多くのものを『破壊』してきたんだもの。
「・・・!どこなの!?!!」
リナリーだ。
私の姿を見つけて、息を呑む音が聞こえた。
・・・泣いているのね。
そんなあなたに、手を差し伸べて、涙を拭ってあげることの出来ない私を許して。
「・・・っ、ミランダぁ!ミランダ来てぇっ!の『時間』を、『止めて』!!!」
リナリー、この前雑誌でチェックしたお店で、ダイエットを気にせずケーキ食べようって誓ったのに、ごめんなさい。
ミランダさん、どんどん綺麗になっていく、あなたの笑顔の行方を見届けられなくて、ごめんなさい。
リーバー班長、美味しい珈琲の入れ方習って、少しでも仕事減らしてあげる予定だったのに、ごめんなさい。
コムイ室長、任務先でこうして倒れ、迷惑をかけてしまいますが、ごめんなさい。
マリさん、破けたカバンの穴を繕ってあげるって指切りしたのに、ごめんなさい。
クロウリーさん、春になったらお花の球根、植える約束していたのに、ごめんなさい。
ブックマン、任務から帰ったら私にも読める本、探してくれるって言ってたのに、ごめんなさい。
ラビ、今度一緒に遊びに行こうねって場所まで決めていたのに、ごめんなさい。
アレンくん、任務先で歯磨き粉見つけたら、ティムキャンピーのために買ってあげるハズだったのに、ごめんなさい。
「 か ん だ 」