「 その結果、イノセンスはあ、り、ません、でした 」


 ガタン、ゴトン・・・と規則的な列車の音に、羽ペンの音が混じる。
 教団に帰還しても、すぐ次の任務に出れるように、と。
 任務報告書は、なるべく道中で書いてしまうようにしている。
 揺れる車内でも、スラスラ字が書けるようになるなんて、ホント!訓練の賜物よね。
 ( あれ??これって、訓練っていうのかしら・・・単に慣れただけ?? )


「 何か付け足すこと、ある?? 」
「 ない 」


 一緒に、今回の任務へと向かった神田が、即答する。
 予想を裏切らない答えに、私は堪らず吹き出した。


「 ・・・ちっ 」


 大きな舌打ちが聞こえて、彼は視線を逸らす。
 ゴメンゴメン、と軽く謝って、再び報告書に眼を落とす。


「 ね、神田クーン♪あとは何を書けばいいんだっけ?? 」


 ご機嫌をとろうと、私は甘い声を出して、彼の顔を覗き込んだ。
 すると・・・ちょっとだけ頬を赤らめた・・・( ような気がしたけれど )
 仏頂面の神田が、面倒くさそうに口を開く。


「 ・・・生存確認だろ 」
「 あ、そうだ!エクソシスト2名、同行探索部隊3名、うち負傷者1名 」


 キュ、と鳴って、文字が擦れているのに気づいた。
 携帯用のインクに、ペン先を浸ける。
 水音がして、引き上げたペン先を、もう一度走らせようとして・・・


「 死傷、者・・・ 」










 ・・・手が・・・止まる・・・










「 ・・・・・・? 」


 向かいの席で窓辺で頬杖ついていた彼の、少しだけ驚いた様子の、声。
 神田の視線が、私に向けられたのを肌で感じる。


「 ・・・死傷者、1名。よし、出来た 」


 膝の上で報告書を揃えると、隣にあったカバンを開く。
 先端を拭いた羽ペンやらインクやらを、報告書共々押し込んで。
 ガチャリ、と重い音を立てて、鍵をかけた。


「 ・・・何故だ 」


 小さな溜息が聞こえて、神田が私に問う。


「 は? 」
「 何故、泣くんだと聞いている 」
「 どうして??私、泣いてなんか・・・ 」
「 ・・・じゃあ、これは何だ 」


 長い指先が、優雅に弧を描き。すっ・・・と私の顎を掠めた。
 私は、その行動の意味がわからなくて。
 不思議顔で、彼の指先に光るものを・・・覗き込む。


「 ・・・・・・あ 」
























 透明な雫。大粒の涙が、覗き込んだ私の姿をユラユラと映している。
 私は慌てて頬に触る。零れた涙は、指先の一粒だけではなかった。
 いくつも筋を作って、両頬を伝う。止まらない。
 困って、神田に助けを求めると・・・呆れたような表情で、私を見下ろしていた。


「 わからない、って顔、してんな 」
「 うん・・・その通り、です・・・ 」
「 ・・・阿呆か 」


 神田の罵詈雑言も、今は気にならない( いつもなら反論しているけれど )
 団服の袖口で拭いても、勢いが弱まる気配はなく。
 ポケットからハンカチを取り出して、目元を押さえた。


「 ・・・死んだヤツがいるからだろ、今回の任務で。
  こんな紙切れ一枚で、そいつの死を安易に報告することなんか出来ない、とか、
  女々しいこと考えてんだろ。お前の考えそうなことだ 」


 さも当然、というふうに、彼は言い放つ。


「 でも・・・今までだって、任務での死傷者は出たわ 」
「 仲良かったんだろ 」
「 別にそんなんじゃ・・・過去に何回か、任務が一緒だったことがあって・・・ 」
「 泣く理由が、そこに、あるじゃねえか 」




 私が、泣く・・・理、由・・・




 心の中で、その言葉を反芻していると
 穏やかな水面に波紋が広がり、ゆっくりと水を吸って・・・沈んでいく、感覚













 任務で、誰かが亡くなってしまうのは仕方ないことなのだと
 遠い昔・・・それを悟った。そう、自分自身を納得させてきた
 私はいつしか、任務で死傷者が出ても、泣かなくなった




 ・・・なのに、心のどこかで、泣き止まない自分がいた




 仲間の死が悲しくて、辛くて、涙するしかない無力な自分を責めて
 表立って泣けない『私』の代わりに、泣いてくれるもう一人の『私』がいた
 ( だから、辛い戦場も乗り越えられた )

















 ・・・ああ・・・何だろ・・・
 とても、とっても・・・思いっきり・・・泣きたい、わ・・・・・・

















「 ・・・神田 」


 何かを察したのか、返事もせずに眉間に皺を刻んだ。


「 あ? 」
「 胸、貸してくれない?いえ、貸して下さい 」
「 断る 」


 即答した彼の答えがどうであれ。
 胸に飛び込むつもりでいた私は、そのまま彼に抱きついた。
 その勢いに、神田は体勢を崩し、背もたれに頭をぶつける鈍い音がした。


「 ・・・っ、、おま・・・えっ!!! 」
「 ふっ、うぇ・・・うわああぁああぁぁぁぁぁんんっ!! 」
「 ・・・・・・ちっ 」


 泣き出した私を神田は、仕方なく抱き締める。
 躊躇ったように軽くきゅ、っと。2度目は、僅かに力を込めてぎゅ・・・っと。




 子供のように、泣きじゃくる私の背を撫でて・・・
 その優しさが、深い処にいた・・・『私』に、届く




















 「 ありがとう 」




















 ・・・ようやく


 泣き止む頃には、夕陽の紅い光が二人を包んだ
 顔を上げると、苦虫を潰したような神田の顔。
 彼の顔が、真っ赤なっているように見えるのは・・・夕陽の、せい?




「 神田が死んだら、私が泣いてあげるからね 」
「 ・・・縁起でもないこと、言うんじゃねえよ 」






 額に、コツン・・・と優しいお仕置きが降ってきて














 私の涙は・・・笑顔に、変わる・・・・・・



















( 私が先に死んだら、神田が私の為に泣いてね )




Title:"自主的課題"
Material:"Nicol"