伸ばした手に、手応えを感じた。




 手探りで掴んだドアノブの向こうに、明りに満ちた世界が広がる。
 夜空、と、数え切れないほどの星、と、まんまるお月様、と・・・・・・。


「 神、田? 」
「 ・・・・・・あ? 」


 闇色に溶け込む、その後姿。
 曖昧な確認の仕方が悪かったのか、思いっっっきり睨ま、れ、た・・・!(ひーっ)
 満月の下に佇んだ神田は、いつもは結っている髪を解いていて。
 団服を肩に掛けただけの・・・いかにも、な、リラックス姿だった。
 そんな時間を邪魔した私の方が、やっぱ、悪いよなー・・・。


「 お・・・お邪魔しました 」


 と、退散しかけた私の背中に、声が降る。


「 待てよ、 」


 相変わらずムッツリとした神田が、じっと私を見つめている。
 ( さながら、ヘビに睨まれたカエルの気分・・・ )
 赤くなっていいのか、青くなっていいのか、パニックな私に、ひとつ、ため息をついて。
 視線をそらすと、その場にどかっと座り込んだ。


 ・・・えー・・・っと、これは、傍にいていい、ってことなのかし、ら?


 神田と付き合いは長いハズなのに、イマイチ彼の思考は読めない。
 ( ラビやアレンくんも、笑顔が多くても、やっぱり難しい )( 私が下手なのかな )


「 お・・・お邪魔します 」


 彼の隣に、腰を下ろす。神田は、頷きもしなかったけれど、反論することもなかった。


 沈黙が、周囲を満たす。
 陽の出ている間なら、また違ったんだろうけれど、虫の音も無い今夜は本当に静かだ。
 たまに聴こえる風の音。それに伴ってざわめく、葉の擦りあう音くらいで。
 私と神田は、お互い目も合わさず、月に照らされた自分の足元の影ばかり見つめていた。






 やっぱり、邪魔しちゃ、悪かったよね・・・






「 日本に・・・月にまつわる、昔話がある 」


 立ち上がろうと、足に力を入れようとした瞬間、神田が呟いた。


「 ・・・昔話? 」


 沈黙に耐えられなかったのは、神田の方だったのだろうか。
 だから、こんな彼らしくもない、突飛な話を持ち出すのだろうか、とまた混乱する私。
 そんな疑いの眼差しにも気づかず、神田は話を進めた。


「 むかしむかし、竹から生まれて、中秋の満月の夜、月へと帰って行ったかぐや姫 」
「 カグヤヒメ? 」
「 そうだ。本当は、月に生まれて暮らすはずだった 」


 見上げた彼の視線を追って、私も空を仰ぐ。
 深夜の満月。優しく大地を照らす光に、私たちも照らされる。
 風が吹き抜けて、私はちょっとだけ、肩をすくめた。
 はらり、と頬に触ったそれは、神田の長い髪だ。いつか聞いた、日本のお姫様みたい。
 ( って言ったら殺されそうだから、絶対言わない )


「 ・・・神田 」
「 なんだ 」
「 帰り・・・たいの? 」








 ここではない、どこかへ








 日本が、神田にとって故郷と言える場所なのかは、わからない
 教団が、神田にとってホームと呼べる場所なのか、わからない


 かぐや姫が、生まれた場所を間違えて、在るべき場所に戻ったように
 神田は、今、教団のエクソシストであることを悔いているの?




 そして、いずれ・・・自分の在るべき場所へと、帰りたいってことなの・・・?








「 ち・・・・・・阿呆が 」


 あ、今舌打ちしたよ、コイツ。
 親身になって心配した私が、バカみたいじゃん!?
 ( もーっ、やっぱり神田の考えてることなんて、ミジンコほどもわかんないっっ!! )




 立ち上がろうとした私の手を引っ張ったのは、流れる黒髪の、かぐや姫だった。




「 ・・・どこにも、行かねぇよ 」




 ぼそりと呟いて、その手に自分の指を絡ませる。
 少しだけ、大きい彼の掌。
 指の節が、私のより全然固くて、剣を握る男の人だ、と思った。




「 ・・・うん 」












 どこにも、いかないでね








 そう・・・・・・口に出せない代わりに


 私は、神田の肩に頭を置いて・・・彼と一緒に、はるか遠い月を見上げた


















( 行く時は、私も一緒に行くからね。もちろん、この手を繋いで )




Title:"構成物質"
Material:"tricot"