幸村様は、炎の男
『 甲斐の若虎 』の異名を纏い、相手を焔で焼き払う
だから・・・ずっと、近づかないように気をつけていたのだ
彼の『 領域 』に入ったら、私もたちまち炎に包まれてしまうだろうから・・・
「 ・・・離して下さい、幸村様 」
私は至極冷静な声で言った( 心を、感情を悟られたら終わりだ )
だけど、彼は勢いよく首を二、三度横に振る。
「 嫌でござる! 」
・・・泣いて・・・いるのだろうか。
背中に回された腕が、少しだけ震えていた。
泣きべそをかく彼を抱き締めて慰めたい、っていつも思っていたのに。
彼を泣かせているのは、私だなんて。
「 幸村様! 」
「 嫌でござる!! 」
「 ・・・お願いです、こんなところ、誰かに見られたら 」
「 嫌だ・・・離さん!絶対に離さない!! 」
「 ゆき、む・・・っ、あっ!」
逆上した幸村様の腕に力が入って、更に強い力で抱き締められた。
肋が軋む。悲鳴を挙げても、一向に弛められる気配はしない。
「 ・・・離したら・・・殿は・・・ 」
擦り合わせた頬の間を、幸村様の熱い涙が伝っていった・・・。
私たちは、薄い氷の上を歩いているような『 関係 』だった
ずっと想っていたのに、お互いに言い出せなかった
あまりに近すぎて・・・もっと相応しい人が似合うと思って
彼が望めば、私みたいな小さな武家の娘なんかじゃなくて、
多くの大名から華のような淑女が献上されるだろう
「 殿は、それでいいのか!? 」
幸村様は苛立った口調で、腕の中の私を責める。
「 顔すら知りもしない相手に嫁ぐことが、ですか?でもそれが、私の役目です。
武家の娘として産まれた、私の 」
「 それでも某は、殿を・・・ 」
「 ・・・幸村様、駄目です。それ以上は 」
「 止めぬ 」
「某は、殿をお慕い申し上げております」
ずっと、ずっと・・・待ち望んでいた言葉なのに。
なぜこんなに、胸が苦しいの?
今まで、見ないフリをしていた、私への報い・・・なの?
色んな想いが、一瞬で身体を駆け巡って。
堪らず、私の頬にも涙が零れる。
泣き出した私に、理性が戻ったのか、ようやく幸村様の束縛が解かれた。
「 ・・・泣かないで、くだされ 」
節くれだった指先が、そっと涙を拭った。
もう泣いてはいなかったけど、潤んだままの瞳で・・・幸村様と私は、視線を絡ませる。
「 某は、殿に・・・『 想い 』を告げたことを謝りません。
でも、貴女に泣かれると、心臓が締め付けられる・・・ 」
「 幸、村様・・・私・・・、」
「 ・・・近いうち、戦になるでしょう。けれど、某は必ず帰還いたします 」
その間に、と彼は言葉を続けた。
「 名しか知らぬ相手か、某かを選んで下され。貴女を貰い受けるに、相応しい方を・・・ 」
幸村様は、きっと知っているのだ。
私の振り子は、何時だって彼を指し示していることに。
・・・けれど・・・
「 殿に、選んで欲しいのだ。貴女の幸せだけを・・・某は、願っているのだから 」
真っ赤に腫れた瞼の上に、優しい唇が降った。
( ・・・これが、今できる、幸村様の『 精一杯 』 )
もう一度だけ、私を軽く抱き締めると、傍らの二槍を手にした。
御免、と呟いて、緋色の影は視界から消えていった。
幼い頃、父に尋ねたことがある。
武家に産まれたのに、女の私はどうして参戦出来ぬのか、と。
私も、私の『 大切な人 』を・・・幸村様を、護れたら。
この身はただ、貴方を待つことしか出来ないなんて。
「 ( ・・・私も、貴方を愛しています ) 」
本当は、貴方に出会った瞬間から・・・恋に堕ちていた。
だから、信じて待っています。
貴方に・・・今度こそ、本当の『 気持ち 』を伝えられる日を。
薄氷の大地を蹴って、境界線を先に破ったのは幸村様だった
抱き締められて、捉えられて・・・焔に巻かれて、私も一緒に『 堕ちて 』いく・・・
胸に燻った焔ごと、崩れ落ちそうな身体を抱き締めた
その姿は、まるで・・・『 祈る 』姿にも似ていて
氷 欠 片
( あなたの傍にいたい、たとえ燃え尽きたとしても )
夢小説企画『Here Again』様に書かせていただきました。
Material:"アイノウタ"
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