『 あ 』






 声を上げたのは、同時だった。
 軒下に見知った顔を見つけて、私は、ぽかんと口を開く。
 そんな私に、彼女はくすっと微笑んで、軽く会釈する( ・・・間抜けだと思われたかな )


「 こんなところでお逢いするなんて・・・奇遇ですね、くん 」
「 牙琉弁護士、それは私のセリフですよ 」


 おや、そうですか?と返せば、今度は声をあげて笑った。
 ( ・・・またそうやって、君は無防備に、美しく、残酷に笑うんですね )
 2、3回傘を揺らして、傘に乗った雫を払う。
 そのまま傘を閉じて、隣に並んで立つと・・・今度は彼女がきょとん、とする番。
 きっと、私がそのまま通り過ぎるのだろうと思っていたんだろう。
 大きな瞳がおずおずと私を見上げるので、さっきと彼女のように、微笑んだ。


「 雨宿り、ですか? 」
「 そうなんです。ちょっと先生に頼まれ物を・・・すぐ近くだと思って出たら、この様です 」
「 急に降りましたからね、仕方ないですよ。星影先生はお元気ですか? 」
「 おかげ様で。もういい年齢なので、そろそろ事務所をどうするか考えてもらわないと・・・ 」
「 くんはもう、独立できる実力があるでしょう 」
「 いえ、まだ未熟者で・・・毎日が勉強です 」
「 次に困ったら、いつでもいらっしゃい。両手を広げて、大歓迎しますよ 」
「 ふふっ・・・天下の牙琉先生に誘って頂けるなんて、光栄です 」


 他愛もない話。冗談交じりの軽いトーク。
 なんてことはない世間話をしながら、私はそっと彼女を盗み見る。
 雨の雫を少しだけ纏った、艶のある髪。綺麗に整えられた、細長い指先。
 笑ったせいか、頬が赤くなっている。薄っすらとルージュの引かれた形のいい唇。
 法廷に立てば違った顔も見れるが、彼女は・・・いわゆる『 普通 』だ。


 モデルのように容姿端麗とか、他人と違う強烈な個性があるとか。
 この派手な外見もあって・・・私に『 近づいてくる 』女性も多く見てきましたが、
 ( まあ、響也の方が派手な外見だし、顔も知られていますが )
 目の前の彼女を例えるならば・・・。






「 くんは、透明、なんですね 」






 笑っていた彼女が、不思議そうな顔で私を見つめた。






「 えっ? 」
「 あ・・・いえ、こちらのことです 」
「 ・・・牙琉先生ってば、今、私の悪口でも言ったんですか? 」
「 とんでもない。そんなこと、言う筈がないでしょう 」
「 だって、隠したじゃないですか。何を言ったか 」


 ぷう、と頬を膨らせて、子供みたいに拗ねる貴女を見て。
 私はとうとう声を上げて、笑ってしまった( そして彼女は更に拗ねたけど )


「 あっはっはっはっは 」
「 が、牙琉、センセ・・・っ! 」
「 はは・・・失礼。君があんまり、可愛いものだから 」
「 もうっ、からかわないでください! 」


 怒って背を向けた彼女を、私はそのまま抱きすくめた。
 驚いたのか・・・瞬間、彼女の身体が竦んで、息を呑む音が聞こえた。










 ・・・そうだね、君の驚きも最もだと思います
 私は何故、君を抱き締めているんだろう




 君が、好きだよ・・・だけど、この気持ちを伝えることは、どんなに待っても来ない




 くん、私はね、大きな計画を企んでいるんですよ
 弁護士としてあるまじき・・・いや『 人 』としても最低な計画なんです




 そんな私が・・・貴女を愛してる、だなんて、どうして言えるだろうか




 ・・・君に、知られたくない
 仮面に貼り付けた笑顔で、腕の中にいる君が、少しでも心を許してくれるなら、
 黒い思惑など微塵も見せず、君の前では紳士でいようと思う














 世間話に花を咲かせられるような、今の関係でいいんです


 君に、嫌われるくらいなら・・・このままが、いいんです・・・
























 ( でも・・・このまま君を閉じ込めてしまえたら、どんなに幸せだろう、か )
























「 ・・・・・・くん、そっちを向くと、濡れますよ? 」


 言い訳としては苦しかったが、彼女は素直にこくりと頷いた。
 鼻を掠めた甘い匂いに酔いしれてしまう前に、私は彼女の拘束を解く。
 ポン、と音を立てて傘を開いたので、真っ赤になって俯いた彼女はようやく顔を上げた。


「 ・・・事務所までお送りしましょう、プリンセス 」
「 え・・・ええっ!?でも、いいんですか・・・? 」
「 雨足も落ち着いてきましたし、これなら二人で入っても濡れないでしょう? 」
「 それでは・・・お言葉に甘えて 」


 彼女は頬の熱が覚めやらぬまま、遠慮がちにそっと私の隣に並んだ。
 星影事務所へと続く、短い道のりの途中で。
 何気なく傘の向こうを仰いだ彼女が、ふと呟いた。








「 ・・・牙琉先生は、空色だと思います 」
「 ・・・・・・・え・・・・・・? 」
「 どんな人も救う、凛とした誠実な姿は・・・壮大な青空に似ていると思うんです 」
「 、くん・・・ 」








「 ・・・私の、憧れ、です 」


















 本日最高の笑顔で、私を見つめた彼女に







 私は・・・いつものように『 微笑む 』ことができただろうか・・・・・・


















悲しみ抱いて泳ぐ魚は





飛行する夢を見る



( 仮面の奥に消えていった・・・君を想って流す涙、君に伝えるはずだった『 愛してる 』の言葉 )






Title:"1204"
Material:"月影ロジック"