鐘が鳴り響く。


 参列者の中から、ひときわ大きな泣き声が聞こえた。
 長い髪を振り乱し、兄であるコムイにしがみついた。
 コムイは沈痛な表情で、妹を胸に抱える。
 隣にいたミランダは、へたり・・・と座り込み
 後ろにいたモヤシに、『大丈夫ですか?』と心配されていた。


 ・・・俺は・・・





 俺は・・・・・・なぜ、ここに立っているのだろう・・・





 「皆さん、殉職したエクソシストに最後のお別れを・・・」




 牧師が厳かに告げると、教団員が代わる代わる棺の中へ、たむけの花束を添えていく。




 「イヤっ・・・嫌よぉぉぉ!!!!!」




 リナリーが泣き叫び、遺体を揺さぶろうとする。
 慌ててコムイやリーバーの野郎が彼女の腕や腰を引き寄せ、押さえつけた。
 悲鳴にも似た彼女の声が遠ざかり、会場に残った者の涙を誘った。




 「ありがとう、




 ありがとう、ありがとう、ありがとう



 死して尚、薄っすらと微笑んだような表情を湛える彼女に、誰もが繰り返し、呟いた。

 彼女の無邪気な明るさに、幼さを残したあどけない表情に、怒って拗ねた素振りを見せる仕草も。

 誰もが感謝していたから。
 誰もが、そんな彼女に救われたから。
 誰もが、そんな彼女を愛していたから。




 「ユウ・・・お前で、最後さ」




 ラビが小さな白い花を一輪、俺に手渡した。彼女の周りは、この花で一杯だ。
 彼女が大好きだった花・・・教壇の裏にある花畑に連れて行くと、嬉しそうにはしゃいでいた。
 どちらが花かわからないくらい、満面の笑みを俺に向ける。






『 か ん だ 』






 耳に花を挿すと、『お返し♪』と、器用に編んだ花冠を俺の頭に乗せる。
 『いらねぇよ』と言っても、ただ、微笑っているだけ。



 ・・・・・・ただ・・・ただ、ただ・・・微笑んでいるんだ・・・・・・




 「・・・ユウ・・・」




 白い花は、まるで白無垢。
 白無垢は、俺の国の花嫁衣裳だと教えると・・・照れたように、俯いた。


 お前は今、まるで・・・あの時憧れていた、花嫁のようだ。


 ラビの見守る中、俺はそっと・・・棺に眠るに口づける。
 唇は冷たかった。ひんやりとしていて、彼女のものとは到底思えなかった。
 生きていた頃は子供のように温度の高い唇をしていた。
 ひとつ、口づけるだけで、真っ赤になっていた。







ああ・・・そうなんだ


俺は・・・・・・こんなにも・・・・・・っっ







がいないと耐えられない。
これからの時間を、独りでどう過ごせと言うんだ!!
俺の帰る場所は、お前の腕の中だと思っていたのに!!
置いていくのか!?こんな・・・寂しい場所に、独り、俺を置いていくのかっ!?





愛してる





( もっと言ってやればよかった )
( もっと喜ばせてやりたかった )





・・・・・・お前を・・・・・・愛しているんだ・・・・・・







 零れた涙は、眠り姫の頬を濡らした。
 ラビは瞳を隠すようにバンダナを下ろし、棺に背を向ける。
 その隙に涙を拭うと、彼女の耳に、白い花を挿した。




 が、あの時のように・・・嬉しそうに、微笑んだ気がした。










 煙になったは、ゆっくりと茜色の空に溶けていく。
 彼女が生前、使用していた部屋からそれを眺め、彼女のことを想う。
 見渡すと、そこにも、ここにも、彼女の匂いが残っていた。


 この椅子に座って、美味しそうに緑茶を飲む
 ベランダに二人並んで、一生懸命星を数える
 ベッドに寝転がって、ラビに借りたの、と本を読む


 ・・・そして・・・
 任務から帰って、俺の部屋の扉を開けると・・・
 必ず、と言っていいほど、彼女が立っていた。




『・・・どこから聞きつけてきたんだ?』
『もうっ、神田ったら!まず言うことがあるでしょ?私に』




 ウズウズしながら地団駄踏む彼女が可愛くて。
 抱き締めて・・・耳元で囁いた。
 右の頬にキス。左の頬にもキス。ふわりと笑って、俺の首に手を回す。




『 お か え り な さ い 、 神 田 』




 もう・・・俺の帰りを待っていてくれるお前は、いない。
 抱き締めて、嬉しそうに微笑むお前は、いない。
 俺の世界は、の死と共に閉ざされた。








 だけど・・・と、俺は考える。


 お前は・・・そんな俺の姿を、望まないだろう?
 きっと・・・優しいお前のことだから、『幸せになって』とか、甘いコト、考えたんじゃねぇのか?
 ・・・はっ・・・お見通しなんだよ、お前の・・・考えなんて。






( そんなお前を、俺は愛していた )






 だから


 だから、もう、これっきりにしてやるよ。
 お前との思い出を、愛し、愛された記憶を、想い出すのも。
 お前の死を悲しむのも、今日で終わりだ。



 俺は、生きる。
 この命が尽きるまで走ることが、俺の・・・お前にしてやれる、精一杯だ。
 誰もが、いずれはそこへ逝く。お前は黙って、空から見ていろ。
 俺を好きだと言ってくれたお前に恥じない『俺』に、俺はなる。










 振り返らず、後ろ手で扉を閉めた。
 キィ・・・と軽く音がした。と、彼女の声が降る。





『 い っ て ら っ し ゃ い 』





 あの幸福に満ちた瞬間を、今、心の中で凍結させる。
 お前は・・・そうやって、いつでも微笑んでいてくれ。










 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」










 これが最後だと言わんばかりに








 ・・・号泣が、廊下に木霊した・・・。










D isapper








( どんなに想っても、お前はもう、いない )






『愛しい貴方に、別れを告げて』の神田Ver.