うなされる『 現実 』のむこうに・・・母さんが見えた。












「 ・・・・・・か・・・さ、ん 」






 優しい、母さん。いつも微笑んでた、母さん。
 僕に父さんはいなかったけれど、二人でいれば何も不自由なことはなかった。
 子供だった僕は( 悔しいけれど )母さんに護られていた。
 その腕に抱き締められるたびに、いつか僕が『 母さんを護るんだ 』って・・・思った。






「 ・・・お、母さ・・・ん・・・ 」






 そして、母さんを護れなかった・・・2年前のあの日から、僕の目標は変わった。
 荒垣さんを『 殺す 』ことが、『 仇 』だと。


 ・・・だけ、ど・・・






「 ・・・ご・・・めな、さ・・・ 」






 仇を討てなくて、ごめんなさい。荒垣さんを殺せなくて、ごめんなさい。
 でも・・・『 それ 』で、良かったって・・・思えたんだ。
 過ごす時間は短くても、母さん亡き後、荒垣さんに護られてたんだって、気づいたから。
 母さんを失って泣いたように、荒垣さんを殺したら、誰かが泣く。
 哀しみの連鎖は、どこまでも・・・どこまでも、続いていくんだ。


 僕が・・・断ち切らなきゃ、いけない・・・。
 荒垣さんは、自身の身をもって、それを教えてくれた。






「 大丈夫、大丈夫だよ 」






 ・・・・・・?






 母さんじゃ、ない( ・・・でも、優しい、こ、え・・・ )
 薄く目を開く。ぼやける視界の焦点を、必死に合わせようとする。
 けれど、熱にうなされた意識を満足にコントロールすることはできなくて。
 濃茶色の跳ねた髪だけが、視界の端に映った。






「 天田くんのお母さんは、天田くんの想いを、きっとわかってくれてる 」






 そう・・・かな。母さんは、殺せなかった僕を怒っていないかな。
 赦してくれる・・・のかな・・・。
 熱いものが込み上げて、頬を濡らす涙。それを拭う、冷たい指先が心地良い。
 呼吸が苦しくなった僕を宥めるように、抱き締める腕があった。






「 謝らなくて、いいんだよ。今は、ゆっくり休んで 」






 誰の言葉でも、誰の腕でも良かった。
 心の弱くなっていた僕は、その優しさにすがりつきたかった。
 汗で張り付いた前髪を撫でる手が、閉じろというように、僕の両目を塞ぐ。






「 ・・・あ、りが、と・・・ 」






 指の隙間から見えたシルエットが、くすっと笑う気配がして。
 そのまま、僕は『 夢 』の中に意識を堕とした・・・。












































 ( 僕は、あのシルエットが母さんだったらよかったのに・・・って、思ったのに


   ココロの中で『 違う! 』と否定する気持ちが、やたら強かったことだけ、覚えてる )












































「 ( ・・・どうして・・・だろう ) 」






 次に目を覚ました時は、辛かった夜は明けていた。
 柔らかい朝陽が、カーテンの隙間から射していて、僕の足元を照らしていた。
 すっかり熱は下がったみたいだ。随分と身体が楽に・・・あれ?


「 ・・・、さん? 」


 一箇所だけ重い、と思ったら、それは同じ寮の先輩である、さんだった。
 さんは、頭だけことん・・・とベッドに乗せて、座り込んだまま眠っているみたいだった。


「 ( ・・・あ・・・ ) 」


 彼女の右手は、僕の左手を握り締めている。
 どうやら・・・随分長い間、繋がっていたらしい。
 ちょっとだけ指を動かすと、さんの手には、僕の指の後がくっきりついていた。


「 夢の中で僕に語りかけてくれたのは・・・貴女だったんですね 」


 きっと弱くなったココロを救ってくれたのも、僕に微笑んでくれたのも。
 身体を起こして、安らかな寝息を立てるさんの、柔らかな髪を撫でた。






「 ありがとう、ございます 」






 ・・・どうして、母さんと重ねてしまったんだろう。
 さんは、母さんじゃない。母さんとは全然違う、オトナの、女のヒト。
 僕らのリーダーで、時々お調子者で、優しくて、温かくて・・・・・・。


『 天田くん 』


 彼女が僕を呼ぶときの、声。
 『 コドモ 』扱いせず、同じ仲間だと、対等な立場で扱ってくれる。
 それが僕には・・・とても、嬉しかったんだ。












 髪を撫でるうちに、さんの口元がちょっと緩んできたみたい。
 ・・・良い夢でも見ているのだろうか。
 僕と繋いだ手に嬉しそうにじゃれて、緩んだ口元がごにょごにょと何か呟いた( ・・・寝言? )


 さんの方が・・・まるで『 コドモ 』みたいだ。


















 彼女が起きないように、僕はこっそり微笑って




 そっと・・・さんの頬に、お礼のキスをプレゼントした
 

















仮初





( 僕の中に芽生えた淡い想いは、蕾と呼ぶにも早すぎて )






Title:"W2tE"
Material:"NOION"