冬の、ある日の出来事。






 盛大なくしゃみが部屋に響き渡った( 下手したら廊下まで聞こえてる・・・ )
 くしゃみの勢いで前のめりだった身体が、ぐらりと揺らいで・・・天を、仰いだ。
 そのまま、元いたベッドにのめり込むようにして、倒れる。


「 あーあ、大丈夫? 」
「 ・・・・・・ 」


 神田は無言だ。昨夜、喉がやけつくように痛いと言ってから、喋れないのだろう。
 入れ換えた桶の冷水に、タオルを浸す。
 ぎゅっと絞って額に乗せてやると、気持ち良さそうに瞳を閉じた。
 珍しく素直な彼の表情に、唇が緩んだ。






 季節の変わり目に、教団を襲った風邪は、酷く強力で。
 何人も代わる代わる倒れては・・・・・・復活していった。
 ・・・そう、一度引けば抗体が出来て、二度かかることはない、というのがコムイさんの見解。
 私も早いうちにラビから移されたので( あンのバカウサギ! )こうして神田の看病を引き受けてる。






「 まだなかなか熱が引かないね。でもここが峠だから、頑張ろうね 」


 彼の動脈に手を当てると、力強い鼓動を感じた。
 けれどまだ随分、熱が高い気がする・・・。


「 神田、何か食べたいものある?お薬飲む前に、お腹に入れないと・・・ 」
「 ・・・いらね 」
「 ダメだよ。胃が荒れちゃう・・・あ、すりりんごとか食べれる? 」
「 す・・・? 」
「 りんごをおろしがねですりおろしたヤツ。あとはゼリーとか・・・ 」
「 何でもいい・・・お前に任せ、る・・・ッ 」


 そこで辛そうに咳き込んで、赤くなった涙目を閉じた。
 しおらしい神田も可愛いっ!と思いたいけど、本当に苦しそうなので、心配の方が勝っている。
 小さく丸まった背中を擦って、咳が落ち着くのを待つと。






 ゼエゼエと鳴る喉を押さえる彼の頭を撫で、私は厨房へと向かった。
























「 早く落ち着くといいんだけどな 」


 ジェリーさんに用意してもらったりんごを、一生懸命すりおろす。
 透明な器に、少しずつ積もるのを確認しながら、昏睡した神田を横目で見た。
 いつの間にか肌蹴た布団を直そうと近づいた、途端、


「 きゃ! 」


 腕を引っ張られて、ベッドへとダイブ。
 何が起きたのかわからないまま、熱が私の首筋を襲った。


「 ちょっ、神田!? 」


 長い黒髪が目の前を舞ったので、首筋に吸い付いたのは彼なのだろう。
 熱であれだけ苦しんでいたのに・・・どうして?なんで、こんなことになってんのっ?
 たくさんの疑問符を浮かべる間に、神田の掌が、私の身体に伸び始めた。


「 んっ・・神田! 」
「 ・・・・・・ 」
「 ね、えっ!か、神田!神田ってば! 」
「 ・・・煩せえ 」


 耳たぶにかじりつきながら。
 焦って大声を出す私とは対象的に、静かな声が耳を突いた。


「 黙って抱かれろ 」
「 ・・・はあッ!? 」
「 俺は、もう、このまま死ぬんだ・・・ 」
「 何、弱気になってんのよっ!? 」


 死ぬなんて極端な!それも風邪ごときで!
 言葉は音になることなく、激しいキスに溶けていく。
 こんなこと出来るんだから、死ぬハズないじゃない( むしろどうしたらそこまでマイナス思考になれる訳? )
 彼の手が、上から3つめのボタンに触れた時・・・私の掌が、彼のを覆った。


「 神田は、自分の子孫を残したいと思うから、私を抱こうとするの? 」
「 ・・・・・・ 」
「 本気でそう考えるなら、身体・・・ユウに委ねてもいい 」


 何したっていいけれど、後で『 後悔する 』ことだけは止めて。
 こんなことして・・・何だかんだで真面目な貴方が悩むことくらい、お見通しなの。


 ・・・途端、神田の瞳に涙が溢れたように見えた( え )
 私が動揺したのも、つかの間。
 そのまま横に、神田の身体がどさりと倒れる。


「 ・・・神田? 」
「 ・・・わかんねぇ・・・ 」


 シーツに埋もれた彼が泣いているかは、わからない。
 だけど、小さな呟きは、私の質問に対しての答えなんだろう。
 子孫を残したいか、その答えは、きっと『 幼い 』自分自身を想ってのものだろうと思った・・・。










 ( それは、アルマと過ごした、幸せで残酷な記憶 )










 静かになったので、ひっくり返してみれば、瞳は閉じられたまま開かない。
 相変わらず苦しそうではあるが、少しだけ落ち着いた寝息が聞こえた。
 ( 欲求を発散して、落ち着いたのかな )


「 ・・・早く治ると、いいね 」


 私は額に貼りついた黒髪を梳いて、そっと口づけた。
 神田はこんなに弱った時じゃないと、誰にも甘えられないんだ。
 ・・・本当は、私の看病だって、彼にとっては恥ずかしいんだろう。


 でも断らない。
 断れないのは、他人よりも私に多少心を許してもらっているからだと・・・信じたい。








 乱れた団服を直しながら、彼の心がまたひとつわかったような気がした。


 窓辺から見上げた冬空は・・・悔しいくらい、青く、美しかった
 世界はこんなに美しいのに、彼が安らぎを得られる場所は、狭すぎる












 神様・・・早く、彼が心からの『 エデン 』を見つけられますように














雲の切れ間を目指したら



( そんな世界を築けるなら、私は喜んで、貴方の手足となりましょう )



Title:"W2tE"
Material:"Sky Ruins"