ぱた、ぱた、ぱた、ぱ・・・・・・






 半開きの瞳に、朝の光に照らされた自分の掌が映っていた。
 上下に力なく動いているのをぼんやりと見つめていたが、ようやく意識が戻ってきて、止めた。
 私、何していんだろう・・・と、力尽きた手を見て、ぼんやりと思う。
 何かを探していたような気がする。この手の先にある、何か、を・・・・・・( あ、 )


 無意識のうちに掌が探していた『 存在 』は、そこにはなかった。
 今度は撫でて温度を確認するが、温もりの欠片すらないくらいとうに冷たくなっていて。
 私は勢い良く身体を起こして、ベッドから飛び降りる。
 その時初めて自分が何も着ていないことに気づいて、慌ててタオルケットで身体を隠した。


「 ・・・みつ、なり・・・? 」


 タオルケットを被って、部屋の扉から頭だけ覗かせる。
 右を見ても左を見ても、彼はいない。裾を引きずったまま、重い足取りで部屋を出た。
 柔らかい日差しがリビングを満たしていた。ここにも・・・三成は、いない。
 静かな空間にかち、こちと時計の秒針の音だけが聞こえた。


「 三成 」


 零れた呟きは、思いの外大きく響いた。その音に枷が外れたのか、私は家の中を歩き回る。
 リビングと繋がったキッチン、続き部屋、洗面所・・・どこかに、どこかにいると信じて。
 狭い家だけど、念入りに家中を探すのはなかなかの重労働だった。疲労と興奮と不安で息が上がる。

 最後に玄関へと辿り着いた時、心臓が跳ねた。玄関の鍵が・・・なぜ、開いているの?
 靴は・・・昨日帰ってきた時に履いていた彼のビジネスシューズと私のパンプスが並んでいた。
 だけど、いつもはその隣にあるはずの、普段履きのローファーが姿を消していた。
 次第に視界がぼやけて、ものの輪郭が滲むのは、眩しい陽の光のせいだけじゃない・・・。






「 三成、三成・・・ッ! 」






 本当は・・・心のどこかで不安になる時があった。






 三成が大好きで、本当に好きで仕方なくて、私からプロポーズした。
 OKしてくれるなんて思ってなかったから、頷いてくれた時は天にも昇る心地だった。


「 ( けれど、いつか・・・こんな風に捨てられてしまうんじゃないかって、ずっと脅えてた ) 」


 感情を表に出すことが、とても苦手な人だから。


 私のことを愛しているのか・・・聞けなかった。だから、確かめずに今日まで過ごしてきた。
 彼の望むような『 完璧な妻 』であろうと、ずっと頑張ってきたけれど( 無駄、だったのかな )
 だって三成に呆れられて、出て行ってしまわれたら・・・私、生きていけないんだもの。






「 三成・・・み、つな・・・ふぇえ、ううっく・・・ 」


 とうとうその場にへたりこみ、子供のように泣きじゃくる。
 塵一つ落ちていない床に涙が零れ、たたっと音を立てる。情けない自分の姿もばっちり映っていた。
 ・・・こんな時に、ピカピカになるまで磨いたことを後悔するなんて。
 見ていられなくて天井を仰ぐ。盛大に声を張り上げようと・・・まさに、息を吸ったその時だった。


「 ・・・起きたのか 」


 ふいに背後から声をかけられて、吸った息も零れていた涙も止まる。
 靴を脱ぐ音と、床を静かに進んでくる足音に、恐る恐る・・・振り返った。


「 み・・・三成・・・ 」
「 何だ・・・、お前・・・泣いていたのか 」
「 へ、あっとそ、の、これは・・・ 」
「 どうした?怖い夢でも見たのか 」


 彼は手に持っていた袋を床に置いて、向かいに片膝をついた。
 消化不良の涙は、三成の指が掬い上げる。そして呆然としたままの私の頭をそっとひと撫でしてくれた。
 へたりこんだまま見上げる私へと無言で手を伸ばし、私は呆然としたままその手に縋って立ち上がる・・・が。
 その瞬間、彼の顔が驚きの表情へと変化し、眉が吊り上がった。


「 ・・・・・・あ 」
「 『 あ 』ではないッ!きっ、きき貴様ーッ!いい加減にしろォオオオ!! 」


 はらりと床に落ちたタオルケット。当の本人よりも、三成の方が慌てて顔を逸らす。
 顔を両手で覆って、おああああッ!と奇声を上げて蹲る彼に、何だかくすりと笑いがこみ上げてきた。
 本当は裸のまま抱きついていじめたいけれど・・・これ以上彼の機嫌を損ねたくない。
 ( さっきみたいな想い、もう二度と味わいたく、ないから )
 私は大人しくタオルケットを拾い上げると、寝室に戻る。
 ベッドサイドに落ちていたパジャマを拾って身支度を整えると、もう一度リビングに顔を出した。


「 ・・・座れ、 」


 ちょっと席を外している間に空間を漂っていた珈琲の匂いが、鼻をくすぐる。
 キッチンと対面しているカウンターに腰をかけて、その匂いを堪能するように大きく息を吸い込んだ。
 そんな私の様子を見て、少しだけ頬を緩ませた三成の柔らかい表情に・・・思わず、頬が赤くなる。
 こぽこぽこぽ・・・と小さな気泡の音がして、コーヒーメーカーから湯気が上がった。
 長い前髪から時々覗く真剣な瞳。見惚れているうちに、三成は私の前に淹れたての珈琲を差し出した。


「 どうだ? 」
「 うん、美味しい・・・でもこれ、豆、変えた?? 」


 酸味が少しだけ強いような。そう尋ねると、彼はこくりと頷く。


「 朝、豆が切れていたからな。とりあえず、さっき買ってきたものだが 」
「 ・・・朝? 」
「 ああ。は朝、必ず珈琲を飲むだろう。ないと困るだろうが 」
「 そ、そうだけど・・・その為に、わざわざ買いに行って来てくれたの? 」


 三成は怪訝そうに顔を顰めた。そして、さも当然だ、というように言い放つ。






「 お前が喜ぶことをする。それが、夫である私の役目だろうが 」






 驚きに目を瞠った私の視界が、再びぼやける。
 彼の言葉をそのまま素直に信じたいのに、どうしても決定打が欲しくて。
 私はせがむように、三成をじっと見つめた。
 その視線に気づいた彼は、照れたようにしばらく顔を背けたり、その、何だ・・・と呟いていたが。
 観念したのか、自分の分の珈琲をマグカップに注いで、ぽつりと言葉を零した。






「 気づいていないかもしれないが・・・は、珈琲を飲んでいる時が一番幸せそうだ。
  その時間を、自分の手で作ってやれることに・・・私は誇りを持っている。
  だから、もう肩の力を抜け。お前が、必要以上に一生懸命やっていることはお見通しだ。
  そんなにしてもらわずとも、私は、死ぬまでお前から離れることは無いのだから・・・ 」






 そう言って、本当に誇らしげに微笑んだ彼に、私は万感の想いを込めてキスを送る。


 カウンターから身を乗り出した私に、貴様ァッ!危ないだろうが!!と怒鳴りながらも。
 浮いた身体を抱きとめてくれた三成は・・・ご機嫌だといわんばかりの笑顔を浮かべていた。














 泣きたくなるほど甘い痛みを永遠に与えてくれる、貴方を心から愛してるわ・・・三成。
















きっと幸せな一瞬



( ずっとこんな幸せに思える瞬間を、私、待っていたの )




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