ふと、目が覚めた。
 見つめた天井が、何となくいつもと違うことに、今自分がどこにいるのかを思い出す。
 彼女の寝息だけが、耳元で静かに響いた。
 快楽と痛みの狭間で、鳴いていた時間の名残。
 目尻に留まっていた涙を指ですくう。高潮していた頬も、落ち着きを取り戻していた。
 俺は小さなキスをひとつして、ベッドを抜け出した。
 コポコポ・・・とカップに珈琲を注ぐと、暖かそうな湯気が立つ。
 ひと口含むと、乾いていた喉を潤し、胃に落ちたのがわかった。
「・・・さむ・・・・・・」
 ちょっと前までは夜も裸で平気だったけど、最近はめっきり寒くなった。
 俺はにかぶせた布団を確認すると、椅子にかけてあったシャツを纏う。
 カップを持って、俺は窓辺の縁に、腰を下ろした。
 青い月が、俺を照らした。
 ラビ、とは俺のことを呼ぶけれど、それは俺の本当の名前じゃない
 ( モチロン、彼女はそんなコト承知しているけれど )
 本当の、生まれた時に親から貰った名前は、使命を受け入れた時に捨てた。
 『ブックマン』
 裏歴史を記録するために存在する、(パンダ)じじい。
 そのジュニアとして選ばれた、俺。
 親友が出来ても、何でも相談できたり、悩みを打ち明けることは出来ない。
 恋人が出来ても、子孫を残したり、結婚して一生を共に過ごすことは出来ない。
 もう・・・二度と呼ばれることの無い、その名前。
 還ることの出来ない、あの場所。
 触れることは許されない、両親の愛情。
 思い出すだけで、胸が締め付けられるほどの郷愁感。
 昔は苦しくて・・・毎晩泣いていた。
 そりゃ・・・じじいという、共通の使命を持つ存在は居るけれど。
 小さい頃は、もっと多くの人の愛情を求めていた。
 孤独で。孤独で。孤独で。孤独で。
 月だけが、俺の涙の理由を知っていた。
 『自分だけが不幸だと思うな』
 『ラビは、一人じゃないよ』
 全てをわかった上で、手を伸ばしてくれた人。
 俺の大切な人。
「んん・・・ラビぃ・・・?」
「・・・?起こしちゃったか??」
 瞳を擦りながら、ゆっくりと身体を起こすに、俺は珈琲を差し出した。
 彼女は「ありがと」と少し冷めた珈琲を飲み干した。
 そこで初めて、自分の露な姿に布団を手繰り寄せる。
 その可愛さに、俺は彼女を抱き締めた。
「ラビ・・・何考えてた?」
 の唐突な質問に、腕に込めていた力を緩めた。
「・・・どうしてそんなコト聞くんさ」
「泣きそうな顔、してたから」
 が、俺の肩で微笑む気配がした。
「泣きそうな顔?」
「泣きそうな顔」
「そんな顔してた?」
「してた。また・・・ブックマンに、何か言われた?」
 私とのコトで。
 口に出さなかったが、じじいがと俺の関係をよくは思ってないことを知っている。
 身体を重ねる。
 行為について否定することは無いが
 俺の心にという楔(くさび)が打ち込まれることを恐れている。
 その楔が、使命に支障をきたすのではないのか、と思っている。
「・・・いや、何にも言われてないさ」
「そう。なら別に良いんだけど」
 は首を傾けて、俺の頬に自分のを重ねた。
 温かい。や神田が居てくれるなら・・・夜は、恐怖ではない。
 近い未来・・・使命のために、彼らを裏切るコトになり。
 その結果、彼らに怨まれるるコトになったとしても。
 俺はきっと・・・今の、この瞬間を思い出せば、幸せになれるんさ。
 そう、俺は幸せなんさ。
 『ブックマン』にならなかったら、には出逢えなかった。
 彼女をこうして抱き締めることも、唇に触れることも、身体を繋ぐことも。
 全てが、俺の幸せなんさ。
「」
「ん?なあに、ラビ」
 彼女の『ラビ』には、たくさんの愛が詰め込まれている。
 俺はクスリと微笑んで、「キスしていいさ?」と尋ねる。
 は照れたように笑って、瞳を閉じた。
 ・・・・・・いつか。
 いつか、世界が平和になったら。
 あの街に、を連れて行きたいな。
 心の中では、もう時間を止めてしまったけれど。
 彼女と一緒なら、止まった時間も動くかもしれない。
 いつしかキスは深いものに変わり、苦しそうなの顔が見えた。
 彼女の手からカップを取って、床に置く。両腕が、俺の首に回された。
 の背に手を添えて、二人はシーツの波にたゆとう。
 彼女に捧げられる『確かなモノ』のは、この想いだけだから。
 静かな月だけが、あの頃のように俺を照らした。
ちょっと長めになりましたが、ラビの想いを全部詰め込んだつもり、デス。