朝は、嫌いだ。
仮面をつけて、ベールで覆い隠した姿を、すべて暴かれるような気がして。
朝一番の光に照らされるたびに、自分が惨めに思えてくるんだ。
・・・その点、夜は『 楽 』でいい。
薄暗い照明の中で、重低音の音楽と少しのアルコールをスパイスに、
見知らぬ仲でもそっと腰に手を回せば、それだけで意思疎通した気持ちになる。
( それが一方通行だと、相手は知らずに )
僕に近づいてきた女の子には、平等に、そう接したきたんだ。
「 ( ・・・あ・・・ ) 」
大学からの帰り道。
バスに乗り込んで、ふと窓の外へと視線を投げた時だった。
近所の小学校を通り過ぎようとして、わっと歓声が上がった。
子供が投げた白いボールが、空へと跳んだ。
( 大方、野球でもしていたのだろう )
一瞬の出来事だったのに。ただ、それだけだったのに。
過ぎていく景色を追うように、僕は思わず窓にしがみついたけれど、
振り返っても見えないくらい・・・遠ざかってしまった。
姿勢を戻して、元の通り前を見つめる。
優しい午後の光が、車内を照らしていて、溢れる光に酔ったように、瞳を閉じた。
閉じた瞳の中で、僕はずっと・・・さっきの景色のコトばかり考えていた。
なぜだろう、こんなに気になってしまうのは。
脳裏に焼きついたように、フラッシュバックする『 一瞬 』。
「 ( そういえば、いつの間にこんな早い時間のバスに乗るようになったんだろう ) 」
青い空の広がるうちに。
・・・だからか。あんなに美しいコントラストを久しぶりに見た、と思うのは。
以前じゃ、絶対にあり得なかった。
講義が早く終わることがあっても、必ず約束を入れていた。
それもこれも、みんな・・・・・・
「 ( 彼女の・・・さんのせい、か ) 」
知り合ってもうすぐ二年になる、一つ下の後輩。
僕が勧めた喫茶アルカードのバイトを始めて、もう半年以上も経つ。
一ヶ月もすれば根を上げるだろうと思っていたのに、彼女は辞めなかった。
それどころか、彼女目当てに通い出すファンができるほど、人気の看板娘になった。
僕が、内心歯噛みしているのを、面白く思っているのだろうか
優しい瞳で僕を見つめる彼女も、いつか僕を裏切るのだろうか
( あの日の『 彼女 』のように )
指先が冷えていくような気がした
胸の奥が疼く。口の中が乾いていく
忘れたはずの・・・熱い想いが蘇りそうなのを、必死に食い止める
違う・・・僕は・・・・・・この想いは、恋、なんかじゃ・・・・・・
ビーッ
ランプが鳴って、運転手のアナウンスが流れた。
停車したバスから、僕は慌てて駆け下りる。
やっと一息つけたのは、バスを見送って、いつもの喫茶店に入ってから。
「 いらっしゃいませ 」
「 窓側の席・・・いいですか? 」
「 構いませんよ、さ、どうぞ 」
顔見知りになったオーナーが、席を薦めてくれる。
まだ混む時間じゃないのだろう。店内の客は少なかった。
注文していた珈琲が届いて、僕はゆっくりと口に含む。
・・・その時だ。店の入り口で、小さくベルが揺れた。
「 こんにちは! 」
「 ああ、ちゃん。待ってたよ 」
「 すみません、授業で遅くなっちゃって・・・ 」
「 大丈夫、今日はまだ混んでないから。着替えておいで 」
「 はい、ありがとうございます・・・・・・あ、れ?? 」
懐かしい制服に身を包んだ少女が、嬉しそうに駆け寄ってくる。
震えを悟られないように、出来るだけゆっくりとカップを置いた。
「 ・・・こんにちは、太郎くん 」
僕は・・・怖かった。
だって彼女の瞳は、まるで朝陽のようだったから。
「 やあ、さん 」
恋に臆病な、子供のような僕の姿を見られたら・・・嫌われて、しまいそうで。
「 今日、何時に上がるの? 」
「 えっ!?・・・21時、ですけど 」
「 待ってるよ、ここで 」
青い空が夕焼けに変わり、夜空の星が瞬くまで。
明日からはまた突き放してしまうかもしれないけれど。
こんな気持ちになった今日くらい・・・優しくしてやっても、赦されるだろう?
顔を赤くしながら、不思議そうに首をかしげる彼女を見て、
僕は純粋な気持ちで・・・微笑んだ。
辛い想い出が、涙の果てに消えていったように
君を『 愛しい 』と想ってしまった
この記憶すらも
いつか空に溶ける
( でもきっとあの『一瞬』と共に胸に焼き付いている )
Title:"ユグドラシル"
Material:"Sky Ruins"