一通の手紙が、私の元へと届いた。






 男の人の文字にしては線が小さくて、とても儚げに見えた。
 きっと私を想って、一生懸命丁寧に書いてくれたのだろう、と。
 その細い字から感じられて・・・思わず、涙が零れた。


「 ・・・・・・ 」


 俯いた私の背に、アレンが遠慮がちに声を掛ける。
 雫は頬の上を転がって、手紙に染みを作った。
 インクが滲んで、彼の名前の最後の文字が霧散する。
 ・・・ああ、いけない。これは、貴重な、最後の、最期の、手紙な、のに・・・。


「 ・・・う 」
「 えっ? 」
「 あり・・・がとう、アレン 」


 アレンは一瞬戸惑って、すみません・・・と頭を下げた。
 ・・・どうして?どうしてアレンが謝るの?
 わかっていたわ。わかった上で、私たちは恋愛をしてた。
 いつかこんな時が訪れても、後悔しないように、と、深く想いあっていた。
 首を振る私に、彼はもう一度謝罪の言葉を述べた。


「 僕は・・・彼を、助けられなかった 」
「 違うでしょ。コムイさんから、話は聞いてる 」
「 でも、僕が、僕が・・・ 」


 僕が、助けていたら・・・と、両手で顔を覆った。
 彼の身体はたくさんの包帯を纏っていて、薄っすら赤く染まっている部分もある。
 そんな戦闘の中で、他人を気遣える余裕があるはずが無い。
 5日間降り続いた雪は、すっかり大地を埋め尽くしていた。
 何も無い雪原に、ポツンと立っている真新しい石版。
 そこには彼の名前と、一昨日の日付が記されている。


「 この手紙、胸ポケットに入っていたんだってね 」


 旅の途中で書いてくれた、私宛の手紙。
 アレンと過ごした優しい時間と、たくさんの愛の言葉。
 クシャクシャになっていたけど、その皺さえ愛しく思えた。


「 はい・・・封筒の宛名に、の名前があったので 」
「 何よりの贈り物だわ。嬉しい・・・ 」


 そう呟いて、急に力が抜けたように・・・膝を折った。
 ぽすん、と小さな音がして、私の身体が雪に埋もれた。


「 っ!? 」


 切迫した、アレンの声。
 雪をかき分ける音がして、ふっと影に覆われる気配がした。
 瞳を開けば黒いブーツのつま先が見えて、すぐに覗き込んだアレンの白髪が見えた。


「 ・・・雪、冷たいね 」


 真っ白な、冷たいビロードに包まれて。
 ゆっくり、じんわりと、冷気が私を蝕んでいく。
 そう、それでいいの。何もかも、このまま凍りついてしまえばいい。
 想い出の中の、あの人との時間も。愛した記憶さえも。


「 ・・・寂しいよぉ・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
「 寂しくて、死んでしまいそう・・・ 」


 もう、傍に、いないなんて。
 信じられない、そんな真実(こと)、信じたくない!
 横たわったまま泣き出した私を、大きな力が揺さぶり起こす。
 ドン、とその胸に抱えられて、団服に付着した粉雪が宙に舞った。


「 僕が、います 」
「 ・・・・・・ア、レ・・・ 」
「 代わりにはならないけれど・・・それでも、の、傍にいますから 」


 くっついた頬に、冷たいものを感じた。
 私の涙なのか、アレンの涙なのか・・・わからなかった。
 どうしてアレンが泣くの?どうしてアレンが傍にいてくれるの?
 訊ねる余裕が、今の私には当然なくて。
 ただ、彼の胸に縋りついて・・・・・・力の限り、嗚咽した。












 ぽたり、ぽたり


 幾つもの涙が雪の上に落ちて、そのまま溶けた














( 雪に溶けたい、のに、何かが私の中で溶けていくの )






Title:"Lacrima"
Material:"空色地図"