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 此処は、彼女の『 お気に入り 』の場所だ。だから・・・姿が見えないと聞いた時に、真っ先にこの場所が浮かんだ。
 某には、佐助よりも先に彼女を見つける自信があった。自然と足が速くなる。
 
 
 
 
 
 
 ・・・彼女は・・・殿は、必ず此処に『 在る 』
 
 
 
 
 
 
 「 ・・・・・・幸村! 」
 
 
 葉陰から現れた某に驚いて、目を瞠る姿に、思わず得意気な笑みが零れた。
 呆気に取られた表情が少しずつ崩れて、殿はくしゃりと微笑む。
 
 
 「 凄い、どうしてわかったの?私が『 此処 』にいるって 」
 「 殿は、何かある度に『 此処 』を訪れている様子でござったので・・・ 」
 
 
 風通りの良い、屋敷裏の丘。
 竹林が続いた奥に、なぜかぽっかりと開いたその場所を見つけてきたのは彼女だった。
 『 弁丸だけに、教えてあげるね 』と言って、手を引かれるがままに、案内された場所。
 殿が連れて行ってくれるのなら、某は、何処でもよかった・・・繋いでいた手が、離れないのなら。
 
 
 「 ・・・屋敷、は 」
 「 殿が姿を消した、と騒ぎ立てておりまする 」
 「 ・・・・・・・・・ 」
 「 わざと、でございましょう? 」
 
 
 ちょっと驚いたような表情をして、弁丸には敵わないや・・・と相好を崩す。
 それにつられて、某も苦笑する。風が一陣吹き抜けて、後ろ髪が靡いた。
 
 
 「 べ、っ・・・ゆき、幸村、あの、あのね・・・! 」
 
 
 頭上を囲むように伸びた葉が、さらさらと音を立てて揺れる中で。
 殿の声がした。葉の音にかき消されていたが、某が顔を上げると、彼女の視線とぶつかる。
 何かを思い切ったような・・・そんな、強い石の光を宿した瞳に、某の顔が映っていた。
 
 
 「 ・・・、殿? 」
 「 私・・・お父様から、もうそろそろどなたか、殿方の元に嫁ぐよう言われたの 」
 「 お館様が、でございますか? 」
 
 
 こくり、と頷いたまま、彼女は俯く。
 姫君を『 政治の道具 』として、他国に嫁がせることは良くある『 戦略 』のひとつ。
 けれどお館様が、一の姫である殿を特別に可愛がっていることは誰もが周知している。
 そんな姫を・・・『 道具 』として扱うことは、考え辛い。
 然るべき家に嫁がせるたい、というのが、お館様の、親御としての想いであろう・・・。
 彼女を獲得できる男は、すなわち武田家の信用を得るということ。
 
 
 
 「 幸村は・・・どう、思う? 」
 
 
 
 
 
 
 ・・・そして、
 
 
 殿を・・・この可憐な華を、独り占めするということだ。
 
 
 
 
 
 
 「 ねえ、幸村も、お父様と同じ?私・・・他家に嫁ぐべきだと思う? 」
 「 そ・・・某、は・・・ 」
 「 幸村、は・・・? 」
 
 
 大きな瞳に涙を溜めた殿が、いっそう身を乗り出した。
 自分の頬に、熱が宿るのが解った。咄嗟に視線を逸らそうとしたが、固まる。
 まるで捕らえられたかのように・・・生半可な覚悟では、外せない。
 
 
 「 ・・・某は、お館様の・・・お館様の、ご決断に従いまするッ!! 」
 「 ・・・・・・・・・! 」
 
 
 身体に湧き上がる熱を外へ放出するように、叫ぶ。
 ・・・殿の、息を飲む音がした。
 はっと気づいた時には、もう遅い。彼女は自分が怒られたのだと思ったのだろう。
 溜めていた涙が、大粒の雫となって、ぽろり・・・と頬を伝った。
 それを隠すように彼女は俯く。某は、慌てて手を差し伸べようとしたが、それを弾かれる。
 
 
 「 幸村、のっ・・・馬鹿ッ!! 」
 
 
 真っ赤に染まった顔を上げて、彼女は悔しそうに歪めた。
 くしゃ、と音がしそうなほど眉をひそめて、後から後から零れ出す宝石に・・・目を奪われる。
 ・・・だが、それも一瞬。止める暇もなく、殿は着物を翻した。
 更に奥へと走っていく彼女を追いかけようとするが、先程払われたのを思い出したのか、足が動かない。
 彼女の背中が消えた後も、某は・・・その場に、立ち竦んでいた・・・。
 
 
 「 、ど、の・・・・・・・・・ッ!? 」
 
 
 胸が・・・痛んだ。今まで感じたことのない、とてつもない痛みに、身体が貫かれる。
 がく、ん、と足が折れて、地面に膝を着く。乾いた土が、風に舞った。
 ( な・・・んなのだろう・・・この、痛みは・・・ )
 治まったかと思い、再度彼女の行った先を見つめると、また胸が痛んだ・・・・・・いや、違う・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 彼女を、殿を想う、と・・・・・・胸が、痛む。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 どうして・・・どうして、こんなに切ない気持ちになるのであろう。
 殿が嫁ぐことだって、お館様を・・・武田家を思えば、目出度いことなのに。
 それが良縁であれば尚のこと。なのに・・・某は・・・。
 
 
 
 
 
 
 「 殿・・・・・・ 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ・・・痛みの余韻に、浸るように
 
 
 
 
 醒めない熱を含んだか細い呟きは、竹林を疾る風の中に・・・かき消された
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
言葉に出来ない想い ( この痛みが、熱が何なのかは・・・今の某には、解らぬ・・・ )
 
 
 
 
 
 
Material:"青の朝陽と黄の柘榴"
胡蘇さん主催の企画Arcanumに提出させていただきました!
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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