「 ね、荒が・・・シ、ンジ、さん、どちらがいいと思う? 」
「 ・・・左。左の背中の部分にしてもらえ 」
「 そうだね。すみませーん、このブリ、頂きたいんですけどー 」
毎度ぉ、という声が聞こえて、別の客の相手を終えた魚屋がこっちに寄ってくる。
の指差したトレイを取って、慣れた手つきで包む。
受け取ったは、嬉しそうにありがとう、と言って、その店を後にした。
「 ふふっ、美味しそうなお魚だったねー 」
「 だな。あそこは、ここいらにしちゃ良いのを置いてるな 」
一緒に、白いビニール袋に入った魚を覗き込む。
顔を上げたと目が合って、照れたように彼女が笑った。
・・・もう随分長い間、一緒にいるが・・・こういう『 笑顔 』は、昔から変わらねえ。
あどけない少女の面影は、もう彼女の中にはないのに。
「 結婚記念日に寒ブリなんて、粋だね! 」
普段の家事は、俺の担当だ。
だから、結婚記念日くらい外食にしようというのが彼女の提案だったが、丁寧に断らせてもらった。
ちげえだろ。大事な日だからこそ、おめーに俺の料理を食ってもらいてえんだ。
そう言って・・・の手を取って、いつもの商店街へと繰り出した。
いつもの街、いつもの店、いつも・・・隣にある、彼女の『 笑顔 』。
これが俺にとって、どんなに幸せなコトなのか、お前に伝わればいい。
( 今日の結婚記念日で、お前にわかって欲しくて・・・な )
「 そういや、お前、俺より荷物持ってるだろ。貸せ 」
「 え!?そんなことないよ?お野菜とか、荒垣さんに持って・・・・・・あ・・・ 」
「 ・・・・・・ 」
「 ごめん、なさい 」
呟くように謝って、の頭が項垂れた。
・・・最初の結婚記念日を迎えようかってのに、未だに苗字が口にしちまうのが、コイツの癖だ。
本人も( 相当 )気にしているみてえだし・・・それを俺が注意するのも、な。
そう思って、この一年を過ごしたけれど。
もしかしたら・・・そろそろ口出してやった方が、コイツ的にも楽になんじゃねえかって、最近思うんだ。
・・・の視線は、変わらず、自分の靴先に落ちている。
俺は、彼女の片手に持っていた荷物を、強引に横取りした。
「 あっ 」
「 いいから貸せ・・・それで 」
荷物を持ち替えて、宙をさまよっていた彼女の手を捕まえる。
「 ・・・手、繋ごうぜ 」
滅多にこういう台詞を言わねえからだと思うんだが。
はかつてないほど、真っ赤になって、小さく頷いた。
「 ありがとう・・・シンジ、さん・・・ 」
「 気にすることねぇ・・・ついでに、呼び方のことも、な 」
「 え・・・あの、でも、やっぱり・・・私も『 荒垣 』なワケだし・・・ 」
「 それについては、法則性を見つけた 」
「 法則性? 」
「 気づいていないかも知れねえが・・・俺を苗字で呼ぶ時ってのは、お前自身が興奮してる時なんだ 」
「 ・・・そうなの!? 」
「 ああ。だから魚屋で選んでる時とかもそうだろ。荷物持つ、って声かけた時だってな。
ついでに・・・夜、セックスしてる時だって、昔っから、半端なく気持ち良い時は苗字で呼んでたぞ。
お前自身は、まったく気がついてなかったかもしれねえけどな 」
「 ・・・・・・!! 」
半分の『 ホント 』と、半分の『 ウソ 』。
でも、こんなコトでの気持ちが解けるんだったら、お安い御用だ。
案の定、驚いた様子の彼女だったが・・・少し落ち着いてきたのか、考え込み出した。
ぽん、と彼女の頭に手を置くと、ゆっくり見上げて、見つめあう。
「 焦る必要なんて欠片もねえ。お前は、そのままで・・・お前のままで、俺の傍いろ 」
自然と、自分の口元に、優しい笑みが浮かんだのがわかる。
そうじゃなきゃ・・・俺の笑顔が好きだというコイツが、こんな幸せそうな『 表情 』するワケがねえ。
「 うん・・・ずっと、シンジさんの傍にいるよ 」
これからきっと、色んなことがあるだろうな
今の俺らじゃ、想像もつかない『 現実 』がやってきて、ジタバタあがくかもしれねえ
・・・けれど、去年の『 今日 』、誓ったろ?
病めるときも、健やかなるときも・・・君と共に、在ることを
辛いことも悲しいこともあるけど、一番大切なのはこの掌の中の、更に小さな『 掌 』だ
それを忘れなければ・・・俺たちはきっとこの先も、一緒にいられるハズだ
何年も、何十年も、肉体が滅んで、魂だけの存在になる・・・その日まで・・・
紅い夕陽に照らされた二人の影が、どちらともなく近づいて、ひとつになる
それは・・・予め定められていた『 奇蹟 』のように
mon mari
〜 私の旦那様 〜
( 少し前まで、こんな『 当たり前 』が、最高の『 幸せ 』だなんて、思いもしなかったのにな )
mon mari = フランス語で『 私の旦那様 』の意味です。
荒垣さん語りって、難しいな!でもガキさんはP3Pの中で、一番幸せになって欲しいキャラです。