聴こえてくるのは、鳥の声、水のせせらぎ、風を切る、音
チリリン、と遠慮がちに鳴らしたベルに。
並んで歩いていた女の子達が、私たちに気付いて道路の端に寄った。
道を譲ってくれた二人の女の子に、後部座席の私はぺこりと頭を下げた。
「 なあ、! 」
自転車を漕いでいる陽介が振り返る。
「 どうよ?久しぶりの俺の愛車の乗り心地は?? 」
「 愛車って言っても、本命じゃなくて愛人でしょ? 」
「 うっ・・・! 」
「 でも、本命クンじゃ二人乗りできないもんね 」
陽介の本命・マウンテンバイクくんは、只今修理中とかで、
急遽、昔の本命だったママチャリくんが倉庫から駆り出されたらしい。
川沿いの道を歩いていた私を後ろに乗せた陽介が、そう教えてくれた。
「 ・・・ね、陽介? 」
「 ん? 」
「 あの娘たち・・・うちの中学の制服だったね 」
「 あー、そうだったな。懐かしいな、なんか 」
陽介は、白い歯を見せて笑ったけれど。
ほんの・・・2年前のことなんだよ、陽介?
私の周囲には、千枝も雪子も陽介もみんないるから。
あの頃と変わらずにいてくれるから、時の進みが遅いように思えるけれど。
月日は刻一刻と経っているし、不変のものなんてないって・・・最近、気付いたの。
「 ・・・おーい、?どうしたんだ、急に黙って 」
心配したような陽介の声。
・・・ねえ、いつから『 』って呼ぶようになった?
前はちゃんと『 』って呼んでくれてたのに。
腰に絡みついていた腕は、いつから遠慮して回さなくなった?
苦しい!って悲鳴を上げてたのに、背中のシャツを掴むのが、今の私の精一杯。
いつがターニングポイントだったのかなんて、わからない。
気がついたら・・・私も陽介も、大人の一歩を踏み出していたんだ、って。
( それは喜ばしいのかもしれないけど、とてつもなく寂しくもあって )
「 ・・・ 」
「 え? 」
「 お前、さ、とつき合うコトになったんだってな 」
「 し・・・って、たの? 」
「 ああ、直接から聞いた 」
「 ・・・そっか・・・ 」
ぎゅ、と掌に力が篭る。
その手を、優しく包むものがあった・・・久々に感じる、陽介の掌の温もり。
「 アイツ・・・俺が言うのも何だけど、いいヤツだよ 」
「 ・・・うん 」
「 お前とはさ、ずっと小っちゃい頃からの付き合いだし・・・気になってたワケ 」
「 ・・・・・・どういう意味? 」
「 あ、えーと・・・どんな男とつき合うのかな、みたいな? 」
「 ・・・そう 」
「 はさ、頼りになるし、優しいし・・・なんつっても、俺の相棒だしな! 」
照れくさそうに空を仰いだ陽介の表情は、見えなかった。
正直、見えなくて良かった。だって、今、見たら・・・きっと、泣いてしまう。
ひと呼吸置いて、陽介はか細い声で・・・告げた。
「 いつも、笑っててくれよな。俺の『 望み 』は・・・それだけだよ 」
私の『 望み 』も・・・陽介がいつでも笑顔でいてくれますように、だよ
そう言いたかったのに、とうとう涙が零れて、声にならなかった。
陽介がぐん、と力を篭めてペダルを漕ぎ出したので、
私は彼の背中に隠れるようにして・・・泣いた。
聴こえてくるのは、鳥の声、水のせせらぎ、風を切る、音
背中から伝わる彼の鼓動、そして・・・・・・
胸を詰まらせる『 好き 』の気持ち
恋する相手を間違えた
( あーあ、こんなことなら気付かなきゃよかったのかな・・・ )
Title:"ユグドラシル"
Material:"空色地図"