女官になって、すぐに抱かれるようになったから・・・年月にしたら、どのくらい経ったのだろう。




 凌統さまや甘寧さまに比べて、彼の執務室はとても簡素だった。
 飾り気のない部屋で、唯一、彼付きの女官として働いている私を、当然のように抱く。
 大抵は執務室と併設された仮眠室で、時には来客用の長椅子で。時間が無い時は執務室の机で。
 夜も昼も関係なくて、飢えた狼のよう、と思った。抱いても抱いても終わらない。飽きてくれないのだ。
 ・・・一番酷いのは、戦から帰ってきてすぐの時。
 戦場を駆け抜けてきた興奮が、未だに身体の熱として残るんです、と彼は言った。
 城を空けていた分、彼の机には山のように竹簡が積まれているのに。
 出仕してきたばかりの私を何度も抱いて、意識を失うと仕方なく竹簡に向かうらしい。
 長椅子で目を覚ました時、私をあれだけ抱いたこともまるで夢だったかのように、涼しい顔で仕事をしていた。




 ・・・陸遜さまにとって・・・私って、何なのだろう・・・。




 良家の子女ばかりが集まるこの仕事に就いた時、ある程度の覚悟はしてきた・・・つもり。
 他の女官の子は、むしろこんな風に高官に手をつけられることを狙ってるみたいだし。


 私は・・・そんなつもりで此処に、女官になったつもりはないのだけど・・・。
 たまたま父がお城に仕えていて、人手が不足しているというからお勤めを始めただけ。






 でも、それは言い訳に過ぎない。
 陸遜さまに抱かれて、拒むこともない。誰に訴えることもない。


 ・・・ただ、あるがままに受け入れるだけの自分が、一番卑怯だ。






「 やぁンッ!あ、ああっ、んああぅ・・・!! 」
「 ここ、ここですね、ふふ・・・が、一番よがる場所です 」
「 んんぁっ、だ、だめ、ですッ!ひゃあぁああっ!! 」


 私の中に入る指はたった一本なのに、この一本に身体中の神経と意識をかき回される。
 ただでさえ蕾を舌で転がされ、翻弄されているというのに。
 内側の壁を陸遜さまの指が撫でる。それだけで、私はあっという間に高みへと追いやられた。


「 ん、あァッ・・・や、ああああぁぁんんっ!! 」


 自分の中で何かが弾ける時は、いつも頭の中が快楽で真っ白になる。
 気がついた時には弓なりになっていた腰が牀榻の上に落ちて初めて、達したのだ、と気づく。


「 ・・・・・・ 」


 私の身体を覆う影の中でも光る、真っ黒な大きな瞳。
 その瞳は興奮の色を隠しもしない。そしてそこには、あらわな胸を上下させる私の姿が映っていた。
 目尻の涙を指で掬う彼の顔は、複雑な表情だ。一見満足そうにも見せるのに、どこか迷っているようにも見える。
 こんな時、どうして、といつも思うのだ。
 仮に『 満足 』だったとしても、何故、彼は私を気持ちよくさせることに満足感を覚えるの?
 伽の相手を前に、求めるものは支配欲か。自分の手で淫らになる私を見て愉悦を憶えるというのだろうか。
 ( そんな安っぽい感情を求める人だなんて、思えなかったのに・・・ )


「 さ、今度は、私と二人で気持ち良くなりましょう。ね、 」
「 ま・・・待ってください、身体が、まだ、ひゃぁうッ! 」
「 そう言われて私が待ったことがありますか?貴女が欲しいと、最初から疼いているというのに 」


 蜜壷に自身をあてがい、早く早く、と強請るように入り口を擦りつけた。
 ・・・ああ、熱い・・・この熱が全身を駆け抜ける時の快感を、本能が覚えている。
 その『 瞬間 』を思い出して、更に溢れた愛液が彼のモノをいつしか覆い、ぴちゃり、と音を立てた。
 とうとうぶるりと肩を震わせると、陸遜さまの口が綺麗な弧を描く。


「 お強請り、してください。だって、そろそろ欲しくて堪らないのでしょう? 」
「 ・・・そ・・・そんな、こ、と・・・出来ませんッ 」
「 このままでいいのですか?燻るものを貴女一人で処理できるとは思えない。ほら・・・ 」
「 いっ、いいえ!私を、このまま開放し・・・あぁんッ! 」
「 他の男に抱いてもらうとでも?こんなに乱れた貴女を満足させられるのは、きっとこの世で私だけですよ。
  何年も身体を重ねてきた・・・足の爪の先から髪の毛の一本一本まで知り尽くした、この陸伯言だけです 」


 入り口にあてがわれたモノが、一層大きくなっていく。
 苦しい・・・でもこの感情が、欲が満たされないが故の苦しさなのか、そうでないのかがもう判断できない。
 ぎゅっと瞳を瞑って、陸遜さま、と彼の名前を呼んで・・・請う。


「 ・・・お願い、です・・・ 」
「 挿れてください、でしょう? 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 ほら・・・いい子ですから、言ってごらんなさい。恥ずかしくなんかないですよ 」
「 い・・・挿れ・・・てく、あぁああッ!!! 」


 最後まで言い終わらぬうちに、脳天まで駆け抜ける快感に身体が震えた。
 見開いた瞳から、また涙が零れ落ちる。滲んだ視界に映る、彼の悦びの表情。


「 はっ、あ・・・ふぅ・・・良く出来ました、さすがはです・・・ふふっ 」


 荒い吐息交じりの彼が、仕事の時には絶対言わないようなことを口にする。
 でも、その言葉が単純に嬉しくて。陸遜さまに褒められるのが嬉しくて、涙が溢れてくる。


「 あッ!はっ、ああ、ん、んふッ!ひ・・・いい、ぁっ、いやぁあ、ああッ!! 」


 打ち付けてくる強い腰の動きに、反射的に逃げようとする腰を押さえつけられて、私は啼いた。
 寝具の端を握り締めて、身体を満たす熱と押し寄せる快感に抗おうとしていると。
 陸遜さまの両腕が私の手を捉えて、そのまま自分の肩へと導く。


「 だ・・・ダメで、す、陸遜さ、まッ!わた、私、きっと・・・ 」
「 爪を立ててしまう、ですか?貴女はこんな状況でも、私を気遣ってくれるのですね。
  いつもそうやって気遣ってくれるのは知っていました。でも・・・今日くらい、いいじゃないですか。
  を抱きたい、心ゆくまで。ひとつになりたい、他の誰、でもなく、貴女、と・・・う、んっ、くぅッ! 」
「 んんあぁああッ! 」


 無意識に、ぎり、と爪が彼の筋肉に牙を立てる。
 陸遜さまは一瞬顔を顰めるが、その痛みすら快感に変えるように、動きを早めた。
 精一杯堪えていたつもりだけど、いつの間にか嗄れてしまうんじゃないかと思うくらい嬌声が上がる。
 嬌声の隙間に、くちゅくちゅといやらしい水音が耳を突いて、さらに熱を高める。熱い、壊れる、壊れてしまう。
 彼の額にも、玉のような汗が浮かんでいた。眉をひそめているけれど、それは全然苦しそうには見えない。
 陸遜さまも・・・私の中で、快楽に飲み込まれようとしているのを必死に我慢しているのだろうか。


「 も・・・ぅ、無理です、っ!一緒に、・・・もッ!! 」


 私の右足を掴むと、爪痕のついた自分の肩へと背負う。
 奥の、奥の奥まで腰を進めると、更なる圧迫感に私が歓喜の声を上げる。
 此処が職場ということも忘れて、私たちは抑制していたその波へと意識を放り投げた。


「 りくっ、陸遜、さ、まッ!あふッ、んああ、もぅ、だ、めぇッ!んッ、んあああぁあッッ!!! 」
「 ・・・あ、ああ、ん、く・・・ッ!はッ!! 」


 理性も羞恥も、その境地では何の役にも立たない。
 後から追いかけるように、私の中で大きく破裂する陸遜さま。
 ・・・その彼がどんな表情をしていたかなんて、結局最後はわからなかった。
 疲労に、目を開けることも出来ない。彼がゆっくりと自分の身体に覆いかぶさったことだけはわかった。
 汗まみれとはいえ、彼の肌に触れることが心地良くて・・・単純に、嬉しくて。




 あとは、もう意識は波の彼方に連れ攫われてしまった、から・・・。


























「 ・・・・・・・・・ん、 」


 飛ばしてしまった意識が自分の身体に戻ってくる頃には、すっかり夕方になっていた。
 窓から差し込む紅色の光に、慌てて身体を起こそうとするけれど。
 情事の後の熱は、とても冷めにくい。まるで炎を植えつけられたかのような感覚・・・。
 くすりと皮肉めいた苦笑が浮かんで、それでも私は仮眠室の牀榻から身体を起こし、かけた。
 自分の身体に巻きついた熱は体内からだけじゃない。私を抱く腕に身体が固まって、恐る恐る見上げた。


 ・・・小さな寝息が聞こえて、寝顔も整った彼の顔があった。


「 陸遜、さま・・・? 」


 今まで私が意識を取り戻すまで待っていてくれたことなんて、過去一度もなかったのに。
 ううん、それだけじゃない。こんな風に抱き締めたまま、心を許してくれる素振りなんて見せたことなかった。
 いつも先に起きていて・・・あの、激しい時間なんか、なかったように涼しい顔、で・・・なのに、どうして。




 ・・・どうして、たったそれだけのことが、こんなに嬉しいんだろう・・・。




「 ・・・?泣いているのですか!? 」


 ぱち、と音も無く開いた彼の瞳。素早く身体を起こすと、私の両肩を掴んだ。
 熱いてのひら。この手で身体をまさぐられれば、全身が陸遜さまに包まれるみたいで・・・好きだった。
 ・・・そう、私・・・本当は、ずっと。












 陸遜さまのこと、好きだったんだ。












「 ・・・今日で、陸遜さま付きを辞めさせていただきます。今までありがとうございました 」


 上掛けを引き寄せると、頬に零れた一滴を隠すように、牀榻の上で身体を折って出来るだけ低く叩頭した。


「 いきなり、どうしたのですか? 」
「 いきなりじゃないです。私、ずっと考えていました。つい最近、凌統さまにお誘いされたんです。
  陸遜さまだけじゃなくて、色んな人に仕えて女官としての道を極めたい、と・・・ 」
「 本当に・・・そう思っているのですか? 」
「 ・・・どういう、意味ですか 」


 彼の瞳を見つめるのは怖かった。私の感情など、軍師である彼にはすぐに見透かされてしまう気がして。
 けれど顎を掴まれ無理矢理、陸遜さまと視線を合わせる。
 そこには、いつものように余裕を浮かべた瞳が待っていると思ったのに・・・予想外の色をしていた。


「 ・・・陸遜さま・・・? 」


 ・・・ねえ、こんな違和感、どこかで感じていなかった・・・?
 陸遜さまは、徹夜で仕事をこなした時も、私との情事の後も、顔色一つ変えない人だった。
 だけど・・・ああ、そうだ。情事の『 最中 』だ。
 満足げに笑ったり、苦しそうだったり。感情を制御できなくて、悩んで、自問自答している顔。
 今だって、自分の感情をどう表現したらいいのかわからなくて困ってる・・・そんな表情だ。


「 生憎、貴女の能力の向上になど興味などありませんから。残念でしたね、凌統殿には断っておきます 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 あ・・・いや、その・・・誤解、しないでください。私は、貴女の優秀さをかっています。
  だから、それ以上に頑張らなくても、という意味で・・・貴女がいないと、私が困ります 」
「 伽の相手がいなくなるから、ですか?私は・・・こんなこと、もうたくさんです・・・ 」


 好きだから、辛い。好きだからこそ、こんな風に抱かれるのはもう嫌だ。
 気づいたからには陸遜さまの元を去らなければならない。愛の無い情事より、離れる辛さを私は選ぶ。
 ・・・上官にたてつくなんて、何て恩知らずな行動だろう。
 これ以上、陸遜さまの機嫌を損ねたくないし、今この人の顔を見つめられる自信がなかった。
 肩に置いてあった手を振り払って、私は床に落ちていた着物を拾おうと身を屈む。


「 待ってください!!! 」


 あと少し、というところで、ふわりと身体が浮く。腰を引き寄せられ、そのまま牀榻に押し倒された。
 背中を打ち付けた痛みに顔を顰め、寝具に縫い付けられた手首を締め上げられて溜まらず喘ぐ。
 陸遜さまは軍師であると同時に、一介の将だ。ただの女官である自分が敵うわけが無い。
 肩を大きく揺らす呼吸が落ち着くと・・・、と声がした。


「 ・・・本当は、明日言うつもりでした。だけど、もう待てません。
  貴女が離れていくくらいなら、凌統殿に攫われるくらいなら、今、聞いて欲しいことがあります! 」
「 明日・・・? 」
「 そうです、明日は任官式があります。それに・・・、貴女が私に仕えて3年目になりますね 」


 覚えていて、くださったのですか・・・?
 そう訊ねると、当たり前です、と大きく頷いた彼の顔に、ようやくいつものような笑みが浮かんでいた。
 大人しくなった私の背に手を当てて、乱暴にしてすみません、と言いながらゆっくりと身体を起こす。
 陸遜さまと向かい合う形で牀榻に腰掛けた私を、真っ直ぐに見つめた。


「 明日の任官式で、ようやく貴女のお父様の位を追い越します。それで・・・ようやく言い出せそうなのです。
  ・・・貴女を、私の妻に迎えたいと思っている、ということを 」
「 ・・・え・・・ッ!? 」


 と呟いたまま絶句すると、なんて顔しているんですか、と彼は笑うけれど・・・私は全然笑え、ない。
 ちょっと待って・・・だって私、陸遜さまの気持ちなんて、一言も・・・!


「 ・・・すみません。もっと早く言うべきだったのは、解っています。けれど・・・怖くて。
  強姦同様に抱いた日から、貴女に嫌われているのではないかと思うと、怖くて言えませんでした。
  ならば、を貰ってもいい身分になるまで待って・・・ちゃんと告白しようと思っていたんです 」


 私が思っている以上に、父の位は高い、ということなのだろう。
 呉の一角を担うと言われている陸遜さまが、その地位を越すまで3年もかかったのだ。
 呆けたままの私の頬を、彼の指が撫でた。


「 好きです、。出逢った日からずっと、貴女だけを想っていました。
  伽の相手として必要としているではない。のことを愛しているから、傍にいて欲しいのです 」
「 陸遜さま・・・わ、私、ずっと、好かれてないんじゃないかって・・・ 」
「 ・・・終わった後、こうして抱き締めてしまうと、離せなくなってしまうと思って。
  それだけ、貴女という存在は私にとって甘美なものなのです。眠った顔を見つめるのが、精一杯でした 」


 撫でられた跡を辿るように、上から涙が伝う。その涙に、彼がそっと唇を寄せた。






「 今まで不安にさせていた分、何度でも言います・・・、貴女を愛しています 」






 私が自分の思いに気づくよりも、ずっと先に自分を好きでいてくれた人。


 頬への口付けに、いつしかそっと瞳を閉じる。次は瞼へ、額へと移り、最後に唇へと重ねた。
 何度も交わしたはずなのに、まるで初めてするかのような・・・陸遜さまの口付けを受け止めて。














 胸を満たす幸福感に・・・自分が思っている以上に、陸遜さまを愛していたのだと、改めて気づいた。














短い恋のはずだから。





すぐに冷める熱だから。





( そう思っていたのに、断ち切るはずの思いは永遠のものへと昇華した )






Title:"確かに恋だった"