坂の上から、それはそれは綺麗な・・・真昼の月を見上げた。
「 、どうかしたか? 」
足を止めて、ぼんやりと空を見上げる私の姿に、明彦が声をかける。
「 ううん、なんでもない 」
しばらく見上げていたら・・・頭に血が上ってしまった。
重くなった頭を、ふるふると左右に振って。
私は、下で待つ明彦へと足を速めた。
「 月が出ているなぁ、と思って 」
「 ん?ああ・・・真昼の月か 」
坂で勢いがついてしまったらしく、いつの間にか駆け足になってしまい・・・。
隣に並ぶハズだったのに、ぶつかるカタチとなってしまった。
・・・こうなることは、予想通りだったのか。
自分の意思で止まることの出来ない私を、明彦ががっちりと抱きとめる。
彼の、息を詰める呼吸音が、耳元に届いて。
こんな時なのに、私は・・・心臓が高鳴ってしまう・・・。
「 あ・・・有難う、明彦 」
「 いや、危なかったな。怪我が無くて、よかった 」
明彦はそう言って、受け止める前に下ろしていたカバンを拾った。
パン、と埃を一つ払って。前を向いて、歩き出す。
そんな明彦の背中を見て・・・私、は。
「 ・・・明彦 」
彼が、振り向く。
「 何だ?・・・ 」
呼び止めれば、私を『 見て 』くれる距離
振り返って、私の名前を呼んで
その瞳で・・・見つめてくれるのに
あと数ヶ月もすれば、タルタロスは消滅する
そうなれば・・・二人を繋いでいた『 関係 』も、消える
『 特別課外活動部 』から、ただの『 同級生 』に逆戻り
不敗神話のスターは、更なる伝説を生むために高みを目指し
女の子に囲まれる貴方を、影から見つめるだけの臆病な自分に・・・
そんな自分が、嫌いなのに
そんな自分を変えたくて、ペルソナ使いとしての活動を決意したのに
タルタロスが消滅することは、私たちの目標なのに
『 特別 』が終わってしまうことが・・・こんなにも、怖い、なんて・・・
「 ど・・・どうしたんだ?急に 」
泣きそうな顔をしているのだろうか。
慌てた様子の明彦が駆け寄って、俯いた私を覗き込む。
「 さっき、やっぱりどこかぶつけたのか?大丈夫か? 」
「 明彦・・・ 」
嫌・・・元に戻ってしまうなんて、嫌・・・。
でも、私には彼を惹きつけられる魅力なんて、持ち合わせていなくて。
タイムリミットに、焦るばかり。
「 ・・・大丈夫。心配かけて、ごめんね 」
だから
・・・せめて、微笑っていよう
どんな未来が訪れようとも、貴方の側で戦えたコトを、誇りに思うから
特別な力は消えても、きっとこの想いは変わらないから
「 そうか・・・なら、いいんだ 」
ほっとして、明彦が微笑む。
「 ・・・行くか 」
「 そうだね。みんなが、寮で待ってる 」
頷いてみせると、明彦の瞳がふっと細くなった。
あの空に浮ぶ真昼の月のように、華麗に弧を描いた唇が・・・とても、綺麗で。
やっぱり・・・頭に血が上ってしまった。
手を繋いだのは、明彦の方から、だった。
細くて長い指の先まで、固い筋肉に覆われたその手に包まれて。
私は、口も聞けないくらいの緊張と・・・。
・・・涙が出そうなほどの嬉しさで・・・胸がいっぱいになった。
もうすぐ・・・月が満ちる
その時まで、後悔しない日々を送ろう
今の私に出来る、精一杯を
『 特別 』が終わっても、消えない勇気を抱き締めて
いつまでも・・・胸の中に、色褪せない思い出と共に、生きていこう
あの月のように
全てが まあるく
満たされたなら
( この掌の感触が、過去になっても・・・絶対に、忘れない )
Title:"ユグドラシル"
Material:"空色地図"
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