感知センサーが働いて、玄関に灯が宿る。






 靴を脱ぐと、廊下にあったスイッチをぱちん、と消した。
 帰ってきた時に寂しくないように、と奥さんの配慮はとても嬉しいけれど、
 俺としては暗闇の方が、心地良く感じる時もあるのだ( 例えば、今・・・みたいな、さ )


 腕時計を覗くと、深夜2時。


 寝室の扉は固く閉ざされていたけれど、そこに『 彼女 』が居る、と思うだけで、何だか心安らぐ。
 それ以上は考えず、鞄をソファの横に置いた。その上に、解いたネクタイが横たわる。
 柑橘系の入浴剤が入った風呂に入って、冷蔵庫で冷えていたビールを飲み干して・・・。
 空になった缶をテーブルに置くと、疲れも一気に肩に落ちてきて、気だるさが身体を襲った。


「 ( ・・・・・・あ、今なら寝れそうか、も? ) 」


 台所で一度濯いで、小さく潰してゴミ箱へと捨てる。
 携帯電話のアラームをセットすると・・・俺は、ようやくその部屋のドアノブに、手をかけた。
 キイィ・・・と小さな軋みは、これから始まる儀式の開始合図のように思えた。
 部屋の中心にある、ダブルベッドの中心に( ぷ! )横たわる女性。






 どんなに愛しても、愛し足りない・・・俺の最愛の、女性(ヒト)。






「 ・・・ただいま、 」
「 ん・・・う?さ、すけ、さん・・・?? 」
「 うん 」


 付き合った年数は浅かったが、押しの一手でプロポーズした彼女と入籍したのは、つい先日のこと。
 重ねた布団をめくって、身体を滑り込ませると。
 外気を感じてか、が小さく身体を縮めた。その様子が小動物を連想させて、思わず頬が緩む。
 まだ開けきらない彼女の瞼に唇を落とすと、は「 お酒飲んだ? 」と首を捻る。


「 ああ、冷蔵庫にあったやつ。ありがと、俺様のために冷やしといてくれたんだろ 」
「 うん・・・メーカー違うヤツ入れといたけど、気に入ったの、あった? 」
「 あったあった。サンキュ、な。あー、やっぱをお嫁さんにして、俺様大正解! 」
「 え、へへ・・・嬉しい、よかった・・・ 」


 ふにゃ、とが気の抜けた笑みを浮かべて、俺の胸の中にもぞもぞと身体を近づける。
 その愛しい身体を、壊れ物を扱うように、そっ・・・と抱き締めて。
 優しく髪を撫でてやれば、甘えているのか、頬をすり寄せてきた( ・・・可愛いなあ )
 ・・・が、の目がぱちりと開く。
 唐突に動き出した妻に驚いていると、たじろいでいた俺の頭を掴んで、自分へと引き寄せる。
 おわァ!と情けない声を上げて、そのまま彼女の胸にダイブした。


「 ・・・? 」
「 今夜は、甘えるのは私じゃなくて、佐助さん!佐助さんに甘えて、欲しいの 」


 ぎゅうぎゅうに俺の首へと腕を巻きつけて、は横に首を振っている。


「 どうしたんだよ、急に 」
「 佐助さん・・・今日帰ってから、鏡で自分の顔、見た? 」
「 ・・・・・・え、 」


 腕の力が弱まって、俺は顔を上げた。
 暗闇の中で俺を見下ろす彼女の瞳が、少し潤んでいる・・・と思ったら、ひと雫、零れる。
 ( ・・・どうして、彼女は泣いているんだ? )
 それを拭って、もう一度は・・・今度は優しく、胸元へと引き入れる。




「 酷く表情が、強張ってる・・・会社で、何かあった? 」








 ( ああ・・・そうなんだよ、
   俺さ、今日ほど自分が嫌になったことないぜ。俺は、弱い人間なんだって、思い知った。
   こんな『 俺 』を知ったら、お前は嫌いになるか・・・?それとも、抱き締めてくれる、か? )








 言いたいことも、尋ねたいことも、色々あった。
 だけど、どれも彼女に告白できなかった。告白して、嫌われたくなかった。
 「 冗談だよ冗談 」だとはぐらかしてしまえば良いのに。それすら出来ないほど、余裕がない。
 妻である彼女が、絶対的な理解者で、味方であるのはわかっているつもりなのに・・・。


 俺は、未だに・・・怖いのだ・・・・・・。








 ・・・素の自分を、100%、晒してしまうことが。








「 ・・・・・・ああ、色々と、ね 」


 そう言うのが、精一杯だ。
 はそれ以上聞かず、そう、と一言同意しただけだった。
 ( その心遣いが・・・どんなに有難かったかは、言うまでもない )


「 お疲れ様・・・ゆっくり休んでね 」


 俺の髪の間に細い指を櫛のように通して、ゆっくり、ゆっくり撫でている。
 いつもは俺が彼女の髪を撫でているのに・・・撫でられるのは、何だか妙なカンジ、だ。




「 おやすみなさい、佐助さん 」
「 ああ、おやすみ・・・ 」




 その『 呪文 』を唱えた瞬間、自分の身体が少しずつ重くなってくる。
 柔らかい腕に抱き締められて、彼女の匂いのする毛布に包まって・・・五感が、満たされていく。


 肉体的だけではなく、頑なになった俺の『 心 』まで、解かれていくような・・・。






「 ( もう少し・・・だけ・・・ ) 」
















 もう少しだけ、君との時間を重ねたら・・・きっといつか『 その刻 』は訪れるから


 ( だから、どうか俺様を信じて、待っててよ )
















 先に眠ってしまった彼女の寝息を、子守唄代わりに




 ずっと頑なに抱きとめていた『 意識 』を・・・そっと、手放した・・・








匂いやかな夜、君の毛布



( わかってるよ、だから私・・・佐助さんの方から心を開いてくれるのを、信じて、待ってます )




Title:"Flower tune"
Material:"青の朝陽と黄の柘榴"