扉の向こうに、微かな気配を感じた。
それは戦闘訓練の賜物で、俺はそっと身体を起こす。
躊躇ったように、しばらく其処に立っていたようだった。
しかし、その気配は去っていく。
・・・・・・もしかして
「 追いかけてやれ、ラビ 」
いつの間に目を覚ましていたのか。
隣のベッドに横たわる小さな背中が、そう言った。
「 こんな時間に尋ねて来るような非常識な奴は、あの娘以外、考えられん 」
時計の針は、とっくに12時を回っている。
・・・だよな、俺もそう思っていたところなんさ。
枕元の団服を引っつかんで、俺は外へと出た。
「 ・・・サンキュ、じじい 」
振り返りもしなかった背中に言葉を投げかけ、彼女の後を追った。
月明かりの下。
翻(ひるがえ)るは、白いワンピースの裾。
青白い光を浴びた彼女が、階段の踊り場に立っていた。
「 、見っけ♪ 」
と、声をかけるとその背中がビクリ!と震えた。
驚いたように振り向いたのオデコを、すかさず弾いた。
「 った!・・・ラビ!?え、何で何でっ!? 」
「 ばぁーか、気配も消さずに来るんだもんな。お見通しさ☆ 」
「 はあ・・・ラビには敵わないなー 」
柔らかい髪に包まれたの頭を撫でると、嬉しそうにはにかんだ。
その顔が・・・また可愛くて。
彼女が嫌がるまで、撫で続けた!( しつこいって言われたさ・・・ )
「 で、どうしたんさ?何か用事だった?? 」
「 ・・・ううん、別に 」
作り笑いをするのは、彼女が俺に嘘を吐いている時のクセだ。
顔に貼りついた微笑みを、両手で壊す。
「 いひゃひゃっ!はびっはらさっひはらはんほうほーっ!! 」
「 いっちょ前に、何を隠してるんさ?白状してもらうかんな 」
つねられた頬をさすっている彼女を、俺はがばっと脇に抱いた。
「 ひゃ、っ!! 」
「 行くぜ!・・・伸、伸、伸!!! 」
開け放った窓から、一本の直線が延びる。
イノセンスは月まで伸び、俺とを空中散歩へと誘う。
は小さくもぞもぞと動いて、俺の背にそっとしがみついた。
「 綺麗ね 」
ふ、と口元を緩めた気配。途端に、周囲の空気が柔らかくなる。
「 ああ 」
深夜の星空は、静かだった。
キラキラと星屑の煌く音と、包み込むような光を放つ物言わぬ月だけ。
そんな世界に、俺たちは二人。
今なら・・・奇跡が起きても、不思議ではないかもしれない。
気心知れた彼女が、半年前に告白してきたことも。
俺が、それを断ったことも・・・・・・嫌な過去は全部、あの月に溶かして。
俺に断るよう仕向けたのは、じじいで。
本意でないにしろ、君を傷つけたことを謝って。
そして・・・あの頃も今も、変わらず愛していると・・・告げることが出来たなら。
「 ・・・神田に、告白されたの・・・ 」
背後のが、まるで詩を口ずさむように・・・ぽつり、と呟いた。
「 付き合って、みようと・・・思うの。独りじゃ前には進めない、から・・・ 」
俺の腰に回っていた手が、次第に強張っていくのを肌で感じた。
目の前に迫った月が、理性を失いかけた俺の弱い心を包み込む。
だから・・・・・・
少し間があいたけれど、ようやく言葉を口にすることが出来た。
「 ・・・うん。ユウは、いい奴さ 」
「 ・・・そう、だよね。ラビなら、きっとそう言うと思ってた 」
” ラビなら、きっと言うと思ってた ”
そういや、告白を断った時も・・・・・・彼女から同じセリフが返ってきたさ。
そんなことをぼんやり考えながら。
『 お見通し 』なのは、彼女の方なのかもしれない、と思った。
奇跡は、起こらなかった。
彼女は、差し伸べられた、俺以外の男の手を取った。
するりと横切った風を、捕まえられるワケがない。
逃した魚は大きい、なんて、結果論でしかなかった。
自分の背中にしがみついたの体温が、じんわり俺に沁み込む。
愛しい彼女に触れられるのは俺じゃないんだ、と思うと酷く残酷なひと時だった。
夜空が零した星屑は、俺の頬をも濡らした。
月が泣いている
( 幸せになれよ、なんて言えるほどオトナじゃないんさ )
Material:"創天"
Title:"恋花"
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