あ、ラビ。


湯気立つ紅茶を見ながら、彼女はふと想う。
・・・昨夜の彼は、いつになく情熱的だった。
月の光を浴びたラビの髪は、この紅茶色だった。
額を伝った雫が、彼女の腹部を濡らして、シーツへと零れる。
一瞬の熱を思い出して、頬が朱に染まった。


「 ・・・こんな時まで、独り艶っぽい気分になるのはやめて 」


途端、”女”になるのは、の悪い癖だと私は思う。
彼女は『あ』の形に口を開いて、申し訳なさそうに微笑んだ。


「 ごめんね、リナリー 」


そう謝って、ず、と紅茶を啜った。


「 ・・・んっ!リナリー、紅茶の葉っぱ、変えた?? 」
「 あ、わかる?この前任務先で行った土地が紅茶の名産地でね 」
「 すっごく、美味しい♪ 」


・・・・・・あ、これ。
私が一番好きな、の顔。” 好き ”っていう笑顔。
どんなに不快なことがあっても、の笑顔で癒されるの。
白い指先が、カップに添えてあったチョコレートへと伸びた。
チョコレートの端を、口に咥えて折る。


パキ、ン


乾いた音が部屋に響いて、はまた微笑んだ。


「 甘くて、好きよ、リナリー 」


褐色に染まった唇を、ちろりと赤い舌がなぞった。
艶(なまめ)かしく動いたそれが、私を癒した彼女の一部だと到底思えない。


「 好き 」


愛の言葉に、クラクラする。
酔ってしまったら、きっと終わり。
男も、女も。
エクソシスト、ノアという垣根を越えて、魅了する
彼女と共に堕ちてもいい、と一度でも想ってしまったら。








きっと私は・・・・・・どこまでも、堕ちてしまうだろう ( でも、それもいいかも )








「 !此処にいたんですか 」


白い犬のように駆けて来たのは、年若い新米エクソシスト。
アレン、と歌でも口ずさむように、は彼の名前を呼ぶ。
近くまで来ると ( あるハズないけれど ) パタパタと尻尾を振るかのように。
それはそれは嬉しそうに、彼女に寄り添う。


「 次の任務、僕と一緒に行くことになったんですよ。2日後に 」
「 あ、そうなの?よろしくね、アレン 」
「 はい、僕の方こそよろしくお願いします! 」


そして、ふと私へと視線を投げた。


「 お話中、悪いんですが・・・を、お借りしても良いですか? 」


言葉ほど悪びれた様子ひとつなく、彼は言う。
完璧なほど、洗練された美しい微笑み。
その裏は恐ろしく腹黒いんさー・・・と、そういやラビがぼやいていたっけ。


「 ・・・が良ければ、私は構わないわ 」


本当は良くない。そんな腹黒いオトコに、を渡したくない。
そんな心とは裏腹に、私も柔らかい笑みを浮かべる。
アレンくんは、お茶を啜るの顔を覗き込んだ。


「 任務の資料を預かってきました。僕の部屋で一緒に見ませんか? 」


それが、どういう意味か。
私にもわかる。というコトは、言われた本人も当然わかっている。
アレンくんは、それを計算した上で誘っているのだ。
は、ゆっくりと、少し長めの瞬きして・・・にっこり、微笑んだ。


「 ・・・・・・うん、いいよ 」
「 本当ですか?じゃあ、行きましょう 」


は、カップを置いて席を立つ。
その右手を、アレンくんが慣れた手つきで握った。


「 リナリー、私、ちょっと行って来るね 」
「 うん 」
「 チョコレートとお茶、美味しかったわ。ご馳走様 」


そう言って、柔らかい髪が翻(ひるがえ)り、弧を描く。
陽の光を浴びて、光を撒き散らした。眩くて、私は眉を顰める。
その間に・・・二人はあっという間に姿を消していた。








ため息一つ。
思いのほか、小さな部屋に木霊した。
私は彼女の席へと周り、テーブルの上を片付けようと手を伸ばす。
カップの上に残ったいた、ひと口分のチョコレート。
端が、唇の温度で溶けていた。


一瞬、躊躇ったけれど。
無意識に、指がそれを摘んで、自分の唇へと運ぶ。
あと2cm、1cm・・・・・・・・・と、いうところで手が止まった。


「 ・・・何、してるのかしら・・・ 」


昨夜ラビに抱かれたは、今頃アレンくんに抱かれているだろう。
嫉妬、と呼ぶには、あまりに醜いこの感情(ココロ)。
・・・ダメ。
堕ちるには、まだ早過ぎる。
私の理性よ、もう少しだけ耐えて。






” 二人を、同時に好きなんて・・・おかしいかな、私 ”






・・・いつだったか。
やっぱり、こんな昼下がりの午後、お茶を飲みながら。
苦しそうな表情で、彼女がポツリと呟いた言葉。
真摯なの瞳を見て、私は必死に言葉を探す。














人は誰しも恋に堕ちる


私も、貴女も、運が悪かっただけ
恋に堕ちる相手に、恵まれなかっただけ
捧げた言葉は、彼女をとても安心させるだけでなく
自分自身を” 納得 ”させる意味もあった








・・・だって・・・








世界中の誰もが、貴方を否定しても・・・私だけは、味方でいたいから


( やっぱりこれって・・・・・・愛、かしら?? )











That's Normal.








( だから、私を貴方の3番目にしてくれない? )




Material:"青の朝陽と黄の柘榴(青柘榴)"