私自身に、一切の価値がないことなんて・・・自分が一番、よく解っている。
じゃら・・・と鳴った足元のソレは、もう自分の身体の一部くらいに思えるくらいの、長い時間。
この城に捉えられて、何度、太陽と月が交互に昇るのを観てきただろう。
与えられた部屋は、捕虜にしては身分不相応なものだった。
用意された調度品も、豪勢なもの。世話を任された城の者たちは、こう・・・噂するのだ。
「 とうとう、久秀様は奥方をお迎えになられたのだ 」
・・・冗談じゃないわ。
あのオトコは、捕虜の足首に鉄球をつけて飼い慣らす趣味があるのよ。
そんな奴の妻になんか・・・誰が、なるものですか・・・!
「 そんなに身を乗り出すと、城の外に落ち兼ねんよ、。ご機嫌はいかがかね? 」
「 ・・・いっそ落ちたほうが、いいのでは? 」
「 落ちたら、私は悲しむよ。確実に、ね 」
「 大切な玩具が、ひとつ減って・・・でしょ 」
「 やれやれ。やっと最近、口を開いたきたかと思ったら、この仕打ちかね 」
わざとらしく肩を竦めて見せると、部屋の中に向かって、足元の鉄球を勢い良くつま先で弾く。
私の脚じゃ動くのもやっとなのに・・・彼の指先に、どうしてそんな力があるのだろう。
( 見かけよりも、武人ということか・・・ )
悲鳴を上げる暇もなく、後ろへひっくり返りそうになる。
その背中に差し伸べる手があったかと思うと、彼はそのまま私の身体を抱きすくめた。
「 は・・・な、してっ! 」
「 そう言われて私が逃すと、卿は思っているのかね?逃すつもりなら、とうにしておるわ。
あの日・・・私が卿の城を攻略し、捕らえた瞬間から、始まっていたのだよ 」
「 何、を・・・!? 」
「 炎の中で自害する寸前の卿を見て、興味が沸いたのだよ。気の強い女子の、覚悟とやらに、ね! 」
語気を強めたかと思うと、彼の手が胸元の着物に伸びた。あっという間に右肩が肌ける。
抵抗なんか、役に立たないって知ってる。どんなに抵抗しても・・・この男の、前、では・・・。
「 昨夜つけた花びらは、まだ鮮明かな?消えかけているなら、灯を点さなくては・・・ 」
「 いつまで・・・いつまで、こんな、コトをする、の!? 」
「 ・・・どういう意味かね? 」
「 貴方が飽きるまで?飽きれば、私を殺す!?どれだけ辱めれば、気が済むというのッ!? 」
「 飽きる?私が、卿を飽きるとでも?・・・ふっ、本気でそう思っているのかね? 」
「 あ・・・あぁっ! 」
私の身体を知り尽くした手が、肌を弄るだけで、体温が上昇していく。
頬が染まっていくのが解る、熱が・・・身体に、篭る・・・。
嬌声なんて、あげたくないのに。快感なんて、知らなくていいのに。
頑なな想いとは裏腹に・・・身体が『 彼 』を覚えていく、のだ。
「 そうだな・・・今までは『 飽いたら捨てる 』が道理だったかもしれぬ。
だけど、卿に逢ってその考えは改めたのだよ。卿の存在が、私を変えた 」
流されそうな意識の中で、彼は珍しく・・・からかった口調ではなくて。
至極真面目な声色で、快感に耐える私を優しく見下ろしていた。
「 ・・・怖いか?私に惚れたら、捨てられることが・・・。
ならば、安心するがいい。卿が自由になる運命は存在しない 」
耳元で囁かれる言葉が、行為とは裏腹に、静かに私へと降り注ぐ。
「 私は卿の、身も、心も欲しいのだ・・・愛しているぞ、。私は、卿を愛しているのだ 」
「 い、や!やめて!!・・・いや、ァ・・・ッ!! 」
「 私に全てを、委ねよ・・・私の心底に、沈みよ・・・ 」
「 ・・・や・・・あッ!! 」
「 永遠に、永遠に・・・堕ちよ 」
・・・お父様、お母様、みんな・・・ごめんなさい・・・
私は、みんなのいる天の国には行けません
偽物かもしれないのに、仮初めかもしれないのに、本物じゃないって、わかってる、のに
彼の唇から紡がれる『 詞 』に、心臓が鷲掴みにされる
羽ばたく翼を自ら棄てて、堕ちていく・・・彼の人の・・・・・・手の、中へ
痺れた身体が、彼の胸にどさりと飛び込んだ。
糸の切れた人形のように倒れこむ私を見て、彼は、満足そうに微笑む。
淀んだ意識が、そのまま闇に包まれて・・・最後に見えていた光も、涙に溶けて、流れた。
それでも、触れ合った肌から伝わる温度の心地良さを・・・どう、表現したらいいか、わからない
憎んでいるのか、愛しているのか。もう私にも、わからない
わかっているのは・・・言われなくても、身も、心も、彼の人のものだということだ
おいてきぼりにしてきた
愛の名前
( いっそ殺して、なんてもう言えないくらい、あいしてる )
Title:"わたしのためののばら"
Material:"Stellarum"