私の双子の姉が、10日前に亡くなった。
山間に沈んでいく夕陽を見つめて、目を細めると、止まっていたはずの涙が零れた。
・・・小さい頃、仲良く手を繋いで、2人でこの丘によく来ていた。
父の治めている土地が、ここなら見渡せるから・・・と。
整備された町並み、囲むように広がる水田。
その水田には、夏に入る前に国中で精を出して植えた緑色の苗が、青々とした輝きを放っている。
もうしばらくすると、きっと美しい金色の穂に変わるのだろう・・・・。
緑豊かなこの土地に生まれ育った、器量良しの姉は・・・石田三成様という、それは素晴らしい方に嫁いだ。
天下の豊臣秀吉様の、覚えもめでたき方の側室に、と望まれた姉は、
幸せな嫁入り姿だったのが今でも思い出せる。
政略結婚であったが、姉は微笑んで城を出て行った。
その後、姉から届く手紙からにも、幸せな毎日について綴られていた。
なのに・・・どうして、どうしてこんなことに・・・。
「 様 」
声を殺して、蹲っていると。ふと、背中から声が聞こえた。
それは私をいつも見守っていてくれている、くのいち・・・凛の声だった。
「 お父上様がお呼びでございます 」
「 ・・・わかったわ。城に戻ります 」
我が子を亡くして、心痛で倒れていた父だったけれど( ・・・一体、なぜ? )
着物の端で涙を拭うと、腕に抱えていた野の花を、一斉に風の中に撒いた。
ふわさ・・・と強い風に巻き上げられて、みるみる小さくなっていく。
襲われた三成様をかばって死んだという・・・姉への、手向けの花だった。
「 面を上げよ 」
思ったよりも低い声だ、と思った。言われた通り、ゆっくりと身体を起こす。
白金というより、銀髪だろう。針金のような・・・美しく、まっすぐな髪。
光すら留まらずに、零れ落ちるような・・・。
その髪の隙間に見えた、細い瞳に見つめられて、ぶる、と身体が震えた。
( ・・・この方が、石田三成、様 )
姉の元夫。
そして・・・今、この瞬間から・・・私の、夫になる人物。
「 さすがは双子。よう似とるわ。纏う雰囲気も、面影も 」
「 ・・・刑部、この女で間違いないな 」
「 そなたは、覚えておらんのか。まだ彼女が死んでから、20日も経っておらんぞ 」
「 興味ない 」
興味ない、とは・・・まさか、死んだ姉のことを、だろうか。
自分の耳を疑いたくなる彼の発言に、顔を青くした私を見て・・・。
刑部、と呼ばれていたその人が、ああ、気にするでない、と宥めるように言う。
「 殿、といったか。遠路遥々、よう来て下さった。心から、感謝しておる 」
「 ・・・もったいないお言葉です 」
「 そなたが嫁いでくれたおかげで、秀吉様への面目も保てる・・・のう、三成 」
・・・面目・・・?
私は、三成様を見つめる。先ほどまで私を見ていた瞳に、射ぬかれることはなかった・・・が。
嫁となった私と、視線をさえ交えることも、なかった。
相槌を打とうともせず、徐に立ち上がると三成様はそのまま退室する。
隣にいた刑部様が、くくっと喉を鳴らして・・・では、の、と彼の後を追った。
その場に残された私だけが、静かに鎮座している。
しばらくして、ぐらりと揺らいだ私の身体を・・・受け止める手があった。
「 ・・・凛・・・、 」
「 様、しっかりなされませ・・・心中、お察しいたしますが・・・ 」
忍が表情を変えることは、滅多にない。
だけど、今の凛はものすごく同情するような目で、私を見守っていた。
その腕にすがりついていると、こらえていた震えが、今になって私を襲う。
小刻みに震えた全身を、凛がぎゅっと抱きしめてくれた。
私は・・・姉の代わり、ですらなかった。
呼び出された父に『 三成様からのご所望があった 』と嫁がされたのは、今度は私だった。
その時、姉を亡くして、寂しさにくれる・・・まだ見ぬ、三成様の背中を想った。
ああ、きっと姉のことをとても愛してくださっていたのだと。
だから、双子の私を欲しているのだと。
姉の面影を、私を通して『 見られる 』のは、私自身にとって辛いこととなるのは想像が出来た。
それでもよかった。私も、姉のようになりたかった。
幸せに嫁いでいった、あの日のように・・・私も、幸せになる為に、ここに来たのに。
姉様、姉様・・・。
三成様との婚姻は、本当に幸せだった?本当に愛されてた?
答えのない問いが、ぐるぐると頭の中を駆け回る。
凛の・・・私を抱きしめる『 腕 』だけが。
発狂しそうになる私の理性を、唯一繋ぎとめていた。
raison d'etre
- 存在理由 -
( 問いかけるだけの、無限地獄が私を渦巻く )
Material:"24/7"
Title:"TigerLily"
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