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 故郷を出たのは秋の始まり頃だったから、もう半年以上過ぎたことになる。
 
 
 
 
 
 
 あれから、何度か戦があって。その度に三成様が出陣して、無事に帰ってきたことは、
この奥間へ出入りをしている侍女たちから聞いていた。
 
 
 けれど・・・その姿を見たことは、あの日以来、一度もない。
 
 
 奥間にいる私が、唯一出られるのは、目の前に広がる小さな庭先だけ。
 その庭先は、今、春真っ盛り。中央に座する桜の大樹は、満開を迎えていた。
 縁側に降りて、青空に広がる枝を見上げる。
 
 
 「 ・・・凛 」
 「 ここに 」
 
 
 音もなく襖の陰から、そっと姿を現したのは、小さい頃から私の傍にいてくれる忍。
 凛に微笑むと、駆け寄る。そして、桜の大樹を指差した。
 
 
 「 桜の樹の、天辺まで運んで欲しいの 」
 「 ・・・様は、ヒトの奥方様となられたのですから、子供遊びはお止め下さい 」
 「 奥方って言ったって・・・役目なんか、何一つ果たせていないじゃない・・・ 」
 「 様・・・ 」
 
 
 俯いた私が、小さい頃のように拗ねて泣いてしまうかと思ったのかもしれない。
 凛は、小さく溜め息を吐いて、仕方のない方ね・・・と微笑んだ
( 私は、時折見せる彼女の微笑みが大好きだ )
私の腰を引き寄せると、大きく跳躍する。
 数度も飛ぶと、あっという間に大樹の頂上についた( 忍者って、すごい!! )
 しがみついていた私を、太い枝の上に降ろして、凛と私は・・・広がる景色に見惚れる。
 
 
 
 
 
 
 感嘆の、溜め息。
 
 
 
 
 
 
 花びらを含んだ風が身体を取り巻き、遥かな春の空へと還っていく。
 やがて、眼前へと広がる、城下町へと消えていくのを見ていると・・・まるで、桜の精にでもなった気分!
はしゃいで枝から落ちるのではないか・・・と、ハラハラしている隣の凛に、大丈夫だと笑ってみせる。
 
 
 ・・・ここから見える景色は、いつか故郷の丘で見た景色に、少し似ている。
 
 
 
 
 
 
 『 私は大丈夫、毎日幸せです。だから、心配しないで下さい 』
 
 
 
 
 
 
 手紙の最後に、必ず書かれていた姉の言葉。
 本当は、大丈夫じゃなかったのに?『 心配 』して欲しくないから、そう書いたの?
 どんな気持ちで、毎日が『 幸せ 』だって・・・書いたの?
 その問いに、答えてくれるヒトは・・・もう、いない。
 だから私は、姉様がここで過ごした日々を想像することしか出来ないけれど。
 
 
 姉様は・・・それでも、三成様に『 大切 』にされていたのではないだろうか。
 太閤様しか見えてないあのヒトが、主の期待を裏切るようなことをするわけない。
 
 
 じゃあ『 大切 』にされるって、『 愛される 』って・・・どういうことなのだろう。
 
 
 三成様のお傍に、ずっと置いてもらえること?毎日、奥間まで通ってもらうこと?
 ・・・ううん、違う気がする。私は愛が何たるか、語れるほど大人ではないけれど。
 
 
 この半年間、ずっと考えてた。
 
 
 
 
 
 
 寵愛を得ることだけが、本当の愛なのか、と。
 
 
 
 
 
 
 「 ねえ、凛・・・・・・凛? 」
 
 
 隣に立っていたはずの、忍が消えていた。慌てて、辺りを見渡していると。
 
 
 「 貴様、そこで何をしている 」
 
 
 返って来たのは、別の声だった。それも・・・此処にいるはずのない、人物。
 落ちないように枝にしがみついたまま、そろり、と見下ろす。
 桃色の絨毯の、樹の根元に・・・いつぞや見た、銀髪が見えた・・・。
 
 
 「 ・・・三成、様・・・ 」
 「 質問に答えろ。何をしているのだ 」
 「 あ・・・あのっ、外の景色が見たくて・・・ 」
 「 今すぐ降りろ。奥間で大人しくしていろと、仕える者に告げておいただろうが 」
 「 はい・・・でも、三成様・・・ 」
 「 ・・・何だ 」
 「 私、一人では・・・降りられないんです。登る時は凛に、私の忍に頼んだので・・・ 」
 「 ・・・・・・・・・ 」
 
 
 見上げていた三成様の目が、一瞬呆れたように開いて、更に細まる。
 そして左手に握っていた刀に、手をかけた。カチャリ、という音に、背筋が凍る。
 ああ・・・とうとう、私、殺されるんだ。三成様は、居合道の達人だと聞く。
 いつぞやのような、手緩い殺し方なんかじゃなくて、あの刃に・・・貫かれるのだ・・・。
 
 
 彼の身体が揺らめいたのを目にして、ぎゅ・・・!と目を瞑る。
 斬られる覚悟をしていた私は、遂行される瞬間(とき)を静かに待っていた。
 けれど・・・突然の浮遊感に、悲鳴を上げる!そして、どすん、と身体を襲う衝撃。
 
 
 ・・・あれ・・・。
 
 
 「 ・・・い・・・たくな、い? 」
 「 目を開けろ 」
 
 
 はっとして、言われた通りに瞳を開けば・・・すぐ目の前に、三成様の顔があった。
 ( ど・・・道理で、声が近いと思ったら、私、三成様にか、抱えられてるんだ・・・! )
 自分の顔が赤に染まって、恐れ多い・・・!と思い直して、青ざめていくのが解った。
 
 
 ・・・恐る恐る、見上げてみれば。
 
 
 前髪が風に揺れて、彼の瞳を間近に見た。
いつも恐怖を覚える、その目が・・・あまりに透き通っていて( まさか、こんなに美しいとは思わなく、て )言葉を失う。
動かぬ私の視線に気づいたのか、見惚れていた三成様の瞳が私を捉えたので、慌てて逸らす。
 彼は、黙ったままの私を地面に降ろす。大地についた足の下で、小さな悲鳴がした。
 
 
 「 ・・・あ、っ 」
 
 
 無残に散った、桜の枝たち。私はそれらを拾い上げて、胸の中に抱えた。
 ・・・わかってる、三成様が悪いんじゃない。だけど、可哀想、で・・・。
 
 
 「 ・・・何を悲しむ。たかが、枝ではないか。痛みも何も感じない 」
 「 それは違います。私は、幼い頃から『 もの 』には魂が宿ると教えられてきました。
 三成様を取り巻くすべての『 もの 』に、心があるのですよ。だから・・・ 」
 「 世迷いごとを申すな。反吐が出る 」
 
 
 ・・・子供染みた発言だと思う。私は何も言い返せず、その場に立ち尽くす。
 三成様が来てくれて・・・私、嬉しかった。どうして急に訪ねてくれたのかわからなかったけど、
それよりももう一度出逢えた感動のほうが、心を満たしていたのに。
 どうして、また・・・こんな、嫌な気持ちにならなきゃいけないんだろう・・・。
 
 
 何が悔しいのか、わからなかった。だけど嫌な心に押し出されるように、涙が零れる。
 
 
 「 ・・・・・・して、 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 「 どうして、貴様は・・・・・・そんなに簡単に、泣いてしまうのだ・・・・・・ 」
 
 
 
 
 
 
 
 
 風に消えてしまいそうな呟きに、顔を上げる。
 彼は、既に踵を返した後だった。無言のまま、花びらの上を歩んでいるが、
落ちている桜の枝を・・・一本も踏みつけることはなかった。
 
 
 庭の奥へと消えていく背中に、私は声をかけられず・・・見送ることしか出来なかった。
 
 
 
 
 
 
 春の嵐が、吹き抜けていった。
 
 
 
 
 
 
raison d'etre
( 私も貴方も、互いに殺意を持ったはずなのに・・・どうして、 )
 
 - 存在理由 -
 
 
 
 
 
 
Material:"24/7"
Title:"TigerLily"
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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