「 ああ、これは殿。いいところでお逢いしました 」
嵐のように吹き荒れた気持ちを静めるために、遠回りして自室に戻ると。
部屋の前で待ち構えていたように、にこにこした大男が立っている。
( いいところでお逢いしました、だと?・・・白々しい )
「 何の用だ、左近 」
「 見てくださいよ、これ!見事な桜ですよねえ。殿から頂いたんですが・・・ 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 風で折れた、と言っていましたが、どこかで見たことのある斬り口なんですよね。
ホラ、ここんところとか・・・誰とは言いませんけどね、誰の、とは 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 彼女の姉君もでしたが・・・殿、殿はイイ子ですよ。もっと心を開いてください 」
「 ・・・さ、 」
「 あ!ちょっといいか?この枝、殿の部屋に生けといてくれ 」
通りすがりの女中を捕まえて、左近は桜の枝を渡している。
仕事を与えられて、立ち去ろうとする女中を止める前に、襟首を掴まれる。
そして猫を扱うように、ぽいっと部屋の中に放り込まれた( 左近・・・ッ!! )
襖に映っていた、呵々大笑する左近の影が消えると・・・辺りが急に静かになる。
頭を掻いて・・・諦めたように溜め息を吐いて、執務に向き合った・・・。
蝋が少なくなったのか、灯がふ・・・と揺らいだので、顔を上げる。
・・・今、何時だ?熱中すると、周囲が全く見えなくなるのは、私の悪い癖だ。
書物から目を上げて、襖を開く。夜空には、深い闇の帳が降りていた。
人の気配が全くない。
最近、寝つきが悪いのは自覚していた。
だからこそ、執務の少ない日はあまり遅くならずに、寝ようと思っていたのに・・・今夜はこのまま、寝るとするか。
蝋燭の灯を消そううとして・・・ふと、部屋の奥にある板の間の花瓶が目に入った。
そこには、一週間前に左近が持ってきた、桜の枝が刺さっていた。
花盛りを終えて、あとは朽ちるだけ。けれど・・・すぐに捨ててしまおうとは思わなかった。
女中が花瓶を持ってきた時、止めても良かったのだ。それを飾るな、と・・・
なのに、出来なかったのは、何故だ。
『 三成様を取り巻くすべての『 もの 』に、心があるのですよ 』
花びらの嵐の中で、彼女はそう言った。
くだらん・・・意思のないものに、心などあるはずがない。
しかし彼女に逢ったあの日以降、他の場所にいても、桜が目に付くようになったのだ。
北棟の桜は、まだ6分咲きだ。西棟の桜は、奥間の桜とは種類が違うようだ。
ほう・・・と驚いたり、感心したりする度に・・・・・・唇を、かみ締める。
これが、彼女に逢った影響なのかは、わからない。
けれど『 以前 』とは、何かが違う『 自分 』。
それが、思ったほど嫌ではないから・・・私は『 私 』に戸惑っているのだ・・・。
半年振りに彼女を訪れたのには、訳があった。
先日出陣した戦火の中で・・・あの日の、彼女と同じ『 瞳 』を見てしまったのだ。
斬ろうとした兵士の、怒りに満ちた泣き顔。奴の腕の中には、同じ旗印の兵士の亡骸があった
( 俺が斬った、一人なのだろう )
それを目にして、うろたえることなど・・・今までなかったのに。
刀を振り下ろすことが出来ず、見逃してやったのだ・・・この私としたことが。
・・・思い出したのだ。奥間に閉じ込めていた、彼女のことを。
あの女は、奥間でどんな日々を送っているのだろう・・・と。
「 ・・・、 」
口に出すのは、2度目だ。
・・・どうしたら、彼女の『 存在 』を心の内から消せる・・・?
秀吉様に忠誠を誓った私の心に、秀吉様と半兵衛様以外の人間に心を赦すことなど、
あり得ない・・・あってはならない。
揺るがない信念を貫き通すのに、他人に心を赦す必要ないのだ。ましてや女に、など・・・。
強い怒りの、焔。首を絞めた時の、苦悶の表情。涙が彼女の頬を濡らした、その瞬間。
抱きとめた時の、彼女の、香り。間近で見た、宝石のような・・・大きくて、綺麗な瞳。
様々な『 彼女 』が、脳裏にフラッシュバックする。
う、っと・・・呻き声と共に、頭を押さえる。これは・・・何なんだ。
胸を締めるような、この感覚は、何なのだ( ・・・わから、ない )
「 ・・・そうだ、彼女に・・・ 」
・・・もう一度、逢わねば。
そうすれば、解けるような気がする。この苦痛から、逃れられるような気がする。
訳のわからない感情に支配されているなど、私が『 私 』を赦せない・・・ッ!
机上の書物を閉じ、まだ灯っていた蝋燭の日を、ふ、と勢い良く吹き消した。
夜の闇に溶け込んだ部屋を出ようとして・・・一度だけ、振り返る。
静寂の世界でも凛としていて、朽ちる時でも生命の輝きを失わない、一本の枝。
( それが、彼女の・・・の姿と重なっているような気がして )
今が、深夜時間帯だということも忘れて、一心に奥間を目指す。
もう・・・この問いに答えてくれるのは、秀吉様でも、半兵衛様でもなく・・・
彼女しかいない、と・・・心のどこかで唱えている『 私 』がいたのだった。
raison d'etre
- 存在理由 -
( どうして、こんなに彼女を必要だと思うのか・・・自分でもわからない )
Material:"24/7"
Title:"TigerLily"
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