ゆさ・・・ゆさ、ゆさ、ゆさ・・・。
その揺れは・・・自分の身体が、誰かに揺さぶられている音だった。
眠りの世界にいた私は、ゆっくりと目を開く。
まだ濃い夜闇の中、様、様・・・と私を呼んでいるのは、凛だった。
「 ・・・・・・凛?どうし・・・ 」
「 こちらに、三成様が向かっておられます。お支度をなさいませ 」
「 ・・・え・・・・・・え、えええっ!?みっ、 」
み、三成様が・・・こんな、夜中にっ!?( それ、って・・・!! )
寝着の上に、とりあえず着物を羽織る。気配を感じ取った凛の姿が、闇の中に消えた。
・・・と、いうことは・・・・・・。
「 ・・・三成、様・・・ 」
開け放たれた襖の向こうに・・・三成様が、月を背負って立っていた。
布団の上で硬直した私を見下ろして、躊躇いもなく部屋の中に入ってくる。
どかり、と布団の横に腰を下ろしたので、私も慌てて布団を降りて正座する。
私と三成様は、向かい合って座って・・・何も喋らず、俯いたままだった。
沈黙の立ち込めた部屋の中で、私の心臓だけがうるさく鳴り響く。
( い・・・一応夫婦なんだし、か、覚悟していたけど・・・こんな、突然だとは・・・ )
「 ・・・ 」
「 は、はい( あ、名前・・・ ) 」
「 貴様に聞きたいことがある。心とは・・・何処に、あるのか 」
「 ・・・えっ!? 」
「 以前、言ったのは貴様だろう。すべてのものに、魂が宿ると 」
「 あ・・・はい・・・ 」
月光は射しているけれど、部屋の中までは届かず・・・表情までは、はっきり伺えない。
彼が言う『 以前 』とは・・・桜の樹の下での出来事のこと、だ。
あの時、泣き出した私を見た時の三成様の声は、酷く辛そうだった。
今まで、見たことも、聴いたことがないくらい・・・。
「 三成様にも、私にも・・・全てのものに『 心 』がありますよ。
きっとその『 心 』とは、伝えようとした相手に宿るのだと思っています 」
三成様は・・・私の台詞を、覚えていて下さったのだ。
一週間も前のことなのに、私の言葉は、彼に届いていた・・・嬉しくない、わけがない。
「 左近さんに伺いました。三成様のお部屋に、桜の枝を飾っていただいたと・・・ 」
「 それがどうした 」
「 疲れた時とか・・・自然と、目を向けませんでした?
満開の花を、貴方に見て欲しいと、枝が訴えていたかもしれませんよ 」
「 ・・・戯言を申すな 」
「 でも、気になったから・・・三成様は、私を訪ねてくれたのでしょう? 」
くだらぬ、とは言わなかった。それだけで充分だ。
きっと・・・あの枝は、三成様の部屋で『 大切 』にされていたのだろう。
私は両手をそっと、自分の胸に当てた。
「 私の『 心 』はここにあり、姉や家族の教えが息づいています・・・三成様は、 」
「 三成様のお『 心 』は・・・何処に、ありますか・・・? 」
彼の瞳が、大きく開いて・・・少し考え込むように、視線を畳へとずらした。
その様子を見て、私は後悔に涙が出そうになった。胸に当てていた手を・・・そっと、伸ばす。
( 私は・・・この人を、誤解していたのかもしれない )
ものすごく『 透明 』なのだ。だから、何色にも染まってしまう。
伸ばした手は、三成様の胸に触れたけど、彼は振り払わなかった。
自分の胸元を見て、顔を上げる。子供のように無垢な視線で、私を見つめ返していた。
「 此処に・・・三成様のお『 心 』はありますか? 」
「 ・・・ある気が、する・・・ 」
「 ふふ、よかった 」
「 ・・・っ、・・・貴様!!今、私を哂ったな!? 」
「 哂ったのではありません、微笑んだ、が正解です 」
言い返す私にそれ以上突っかかる訳でもなく、そ、そうか・・・と彼は納得したようだ。
私はもう一度だけ、くすりと頬を緩めて、当てていた手を離そうとした。
宙に浮いたその手を、彼に掴まれる。そして、そのまま私との間合いを詰めた。
反射的に腰を浮かせて後ずさりしたが・・・目の前に迫った三成様を避けることも出来ず、
2人で転がった。
「 きゃあァっ!! 」
後ろが布団で良かった。畳に背中を打ち付けることはなかったが・・・今の、自分の状況に、
身体が強張る。これって・・・もし、かして、押し倒されて、る・・・?
上がっていく顔の熱を抑えることも出来ず。
ぎゅ、と瞳を瞑って、これから起こることに備えて、覚悟を決めようとしていると・・・
ふと耳についた吐息に、強張りを解いた。
「 ・・・・・・三成、様? 」
そっと頬に零れていた前髪をかきあげると・・・やはり、眠っていた。
それも相当深い眠りだ。私が何度揺らしても、まったく気づいてくれない。
( もしかして・・・今まで気になってて、眠れなかったとか・・・? )
声を上げて笑いそうになるのを必死に堪えて・・・そのまま反転させて、布団に横たわらせる。
着ているのは着流しだから、寝苦しくはないだろう。
嫌がられるかもしれないと思ったけれど・・・私も、彼の真横に身体を並べる。
いつもはあんなに冷たい表情を浮かべるのに、寝顔は子供のそれだ、と思った。
「 おやすみなさい 」
ねえ、姉様・・・。
もしかして、姉様なりに・・・三成様のこと、愛してた・・・?
夢の世界で、ずっと泣いていた姉様が・・・ようやく微笑んでくれたような、気がした。
raison d'etre
- 存在理由 -
( 遠くから、見守るだけの恋のかたちもあるのだと知った・・・春の夜 )
Material:"24/7"
Title:"TigerLily"
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