目覚めると、少しだけ・・・違和感を感じた。






小さな吐息が真横から聞こえたので、身体を反転させて・・・そのまま、絶句する。
言葉もなく、顔色を変えた私の前に、一人の女が現れた。
失礼いたします、と襖を両手で開けて、私と、布団に横たわった背中を見比べる。
そして、その女中は、意味ありげに口元を持ち上げた。 かッとなって怒鳴ろうとした瞬間、ふああ、あ・・・とのんびりした欠伸が聞こえる。 大きく伸びて、


「 うう、あ・・・あー、凛、おは・・・」


首を回していた彼女と、私の目が合った。一瞬、緊張したように身体を強張らせる。
・・・が、すぐに解いて、彼女は・・・ゆっくり微笑んだ。


「 ・・・おはようございます 」
「 な、っ・・・なななな、ぜっ・・・!! 」


・・・あまり覚えていないのだが・・・昨夜、一体何があったのだ!?
何故、あれだけ私に噛み付いていた彼女が、こうも柔らかく微笑んでいるのだ?
( そして、どうして私は・・・その笑顔に、こうも動揺している、のだ!! )
ぷるぷると震えた私の背後で、クスリ、と女中が笑う気配がした。


「 三成様は、昨夜遅くに・・・御自ら、様の寝所をお訪ねになりましたのよ 」
「 ・・・り、 」
「 そ、それで、は・・・っ!( わ、たし、は、この女を・・・!! ) 」


ぎ、ぎぎぎ・・・とカラクリ人形のように振り返ると、女中は神妙な面持ちで頷いた。
・・・頭の天辺から溢れていた湯気が、爆発するっ!


「 こら、凛ってば! 」
「 ほほほ・・・私の姫様を悲しませた、罰にございますれば 」






それがデマカセだと気づくに・・・しばらく、時間が要った。


















開かれた世界は、酷く美しいものだった。


眩しくて、目を背けたくなるけれど・・・焦がれて止まない、光の渦。
一度その光に触れられただけで、私の心はあっさりと彼女の、の侵入を赦す。
は、優しく私を包み、巡るめく日々を鮮やかに彩った。
子供のように手を引かれて・・・私と彼女は、時の狭間を走り抜ける。


『 三成様 』


の声は、私を癒す。あの暖かい声で呼ばれると・・・狂おしいほど、切なくなる。
ずっと呼んでいてほしい。ずっと傍にいてほしい。涙が出るほど、切に願うのに。






私の世界の中心は・・・未だ、秀吉様だった。


















形部から連絡を受けたのは、昼餉の時だった。
急遽こちらに秀吉様が立ち寄ると聞いて、頬が高潮する。お逢いするのは、しばらくぶりだった。 夕刻には到着するというのなら、すぐに用意をせねば! 屋敷の者を総動員させ、秀吉様をお迎えする準備にとりかかった。


彼の人が、屋敷に降り立ったのは・・・予想よりも少し遅い時刻。
日が沈みきった後の来訪だった。ずしり、と大きな足音を聞いて、歓喜に肌が泡立つ。


「 久しいな、三成 」
「 秀吉様!お待ち申しておりました!! 」


息巻いて答えれば、そうか・・・と呟いた秀吉様の纏う空気が、少しだけ柔らかくなった。 上座に座った主に、近隣諸国の動向について報告し、秀吉様のお言葉を賜る。
右腕である左近や刑部の言葉を挟みながら、一通り話し合いが終わると。


「 ささやかながら、宴席を設けてありますので、続きはそちらでいかがですか? 」


左近の提案に、秀吉様は、首を横に振った。


「 その前に、逢わせてもらいたい人物がいる 」


ここに呼べ、と主が告げた名前は、私の記憶にない名前だった。
首を捻った私を見て、後ろに控えていた刑部が、彼女は臥せっている、と告げる。
けれど、秀吉様はそれに納得していない様子だった。 刑部が渋々連れてきた者の顔を見て・・・どうして、その名前が記憶にないのか、理解した。


「 お久しぶりでございます 」






、だった。






「 ・・・我を覚えておったか 」
「 はい、三成様に嫁ぐ前日に、御目通りさせて頂きました故 」
「 病に臥せっていると、聞いたが? 」


彼女はちらり、と刑部に視線を向けると、でももう大丈夫です、と頭を下げた。
秀吉様との会話は続くが・・・私には、何一つ聞こえなかった。




・・・そうか、あの『 名前 』は、の姉のものか。この私の、本当の妻、の。
は・・・替え玉として、この屋敷に連れてこられたのだった。


( そう、彼女の『 立場 』を・・・忘れては、いけないのだ )




「 では、下がれ 」


という秀吉様の声に、意識が戻される。は、再度頭を下げて退出した。
その小さな背中を見送ったまま・・・視線の動かない私の名を、秀吉様が呼ぶ。
振り向いたものの・・・正直、今の私の表情を、誰にも見られたくなかった。
( きっと酷く動揺しているに違いない、情けない一人の男としての、私の、顔を・・・ )
秀吉様は、手を振る。刑部と左近を退出させると、大広間に私と秀吉様だけが残った。


「 ・・・三成 」
「 は、 」
「 我に嘘が見破れぬと思ったか・・・戯け者めが! 」


途端、顔が青ざめ、平伏する( ご存知だった、のか・・・! )
血の気が全身から引いて、少しでも気を抜くと震えてしまいそうだった。 嫌な汗が額を伝っていくが、今は拭うことすら出来ない。小さな溜め息を吐く音が聞こえた。


「 ・・・お前は、我に生涯尽くすか 」
「 もっ、もちろんでございます!私は、全てを秀吉様に・・・ッ!! 」
「 ならば・・・今度こそ、大切にせよ。我の為ではなく、お前自身の為に。
  あの花は、我に与えられたものではなく、お前が望んで手に入れた花ぞ 」
「 ・・・私、自身の・・・ 」


頷いた秀吉様は・・・滅多に見ない、笑顔だった。
呆けていた私の肩に手を置くと、そのまま廊下へと出て行かれた。 遠くで、刑部と秀吉様が話す声が聞こえる。宴席へと移動したのだろう。 わ・・・私も、後を追わねば・・・!






( ・・・・・・・・・けれ、ど )






その前に、立ち寄る場所がある。


胸に、手を置く。そう・・・ここにある『 心 』に、想いが満ちて、光に変わっていく。
開いた瞳に、その光が宿るのを感じながら・・・。






宴席を設けた部屋に背を向けて・・・目的の場所へと続く廊下を、歩いた。




raison d'etre


- 存在理由 -

( しばし主に背を向けることになっても、今の私に、迷いはなかった )




Material:"24/7"
Title:"TigerLily"