姉様の名を語ることが、これほど苦しいことだなんて・・・。






秀吉様のいらっしゃった部屋から充分離れると、自然と早足になる。
奥間へ向かう途中、顔馴染みの女中ともすれ違ったが・・・誰も止めようとしなかった。
・・・それもそのはず。ぐしゃぐしゃに泣き崩れていて、途中、何度も膝をつきそうになるのを、 凛が何度も支えてくれた。
ようやく奥間に辿り着くと、着物が乱れるのも気にせずに、そのまま畳の上に転がる。


「 うう・・・う、ううぇ、ひ、っ・・・く、凛・・・り、 」
「 ・・・私は、ここにおりまする 」


両手で顔を覆って泣き崩れる私の頭を、そっと撫でる。


奥間へ迎えに来た刑部様は『 太閤が来ている。ぬしの出番だ 』と告げた。
その言葉に、私は・・・とうとうお役目を果たす時が来た、と思った。
( ・・・だって、その為に私はここにいる )
嘘を吐くこと、人を騙すこと。姉様の代わりになることは、覚悟していたはずなのに。
代わりになるということは、そういうことだってわかってたのに・・・心が痛い。




( 三成様の・・・あの、目、 )




姉の名前を名乗った時、彼はとても空虚な色を浮かべていた。
不思議顔で、今にも首を傾げそうな・・・硝子玉のような瞳を見て、涙が浮かんだ。
ああ・・・私も三成様も、忘れていたのだ( 余りに近い存在になってしまった、から )
三成様は、私を利用しているだけに過ぎないのに。
『 替え玉 』の私が、機嫌よく『 役目 』を果たす為に・・・優しかっただけなのだ。


なのに・・・その優しさに甘えて・・・私、ったら・・・。




( ・・・好き、 )




膨らんだ想いに耐え切れなくて、涙が止まらない。
三成様や太閤様を騙す罪悪感と、彼への恋慕で・・・もう、胸が潰れそう・・・。
泣き続ける私の髪を、梳いていた凛の手が・・・ふと、止まる。 襖の外へ目を向けると、凛が姿を消す間もないほど・・・障子に映った影が目にも留まらぬ速さで、開けた。


「 み・・・三成、様・・・ 」
「 ・・・下がっていろ。2人きりで、話がある 」
「 は、 」


凛は襖を閉めて、静かに退室する。三成様の背中越しに、彼女がそっと目配せしたのに気づいて・・・ 私は慌てて、佇まいを整える。髪も着物も乱れているし、泣き腫らした目は真っ赤に染まっているだろう。 立ち上がろうとした私の手を、三成様が引っ張った。


「 きゃ、っ!! 」


胸に飛び込むように・・・彼に抱きすくめられると、そのまま畳の上に押し倒された。
元々肌蹴ていた胸元が、さらに乱れたのに気づいて、慌てて隠そうとする・・・が。
その手も畳に縫い付けられる。身体を覆っていた三成様が、私の胸元に吸い付いた。
ちり、と熱い痛みに、声を上げる。


「 裏切りも、死ぬことも赦さぬ・・・この痣は、お前が私のものだという、印だ  」
「 ・・・三成、様・・・ 」
「 私はお前に・・・、という人間に、傍にいてほしいと、思っている。
  望むのは、お前だ。お前自身だ。替え玉だから、ではない。だから、・・・ 」






お前は・・・・・・私の傍を、離れるな






針のようだと思った前髪を額で受け止めると、とても柔らかかった。
冷たい言葉しか吐かないと思った唇は、内にある想いを表すかのように、熱かった。
ん・・・と零れた吐息さえ飲み込むような、熱い口付けに、酔いしれる。 彼の手が、私の頭を抱え込むように抱きすくめたので、私も背中に手を回して抱きしめた。 口内を犯しつくした舌が、そのまま耳朶を噛み、首筋を舐め、鎖骨へと伸びて・・・動きを止める。
何かを我慢するように・・・辛そうに唇をかみ締める、三成様。
ぎゅ、と閉じていた瞳を、ようやく決断したように開いて、私を見つめた。


「 ・・・・・・・ 」
「 は・・・はい・・・ 」
「 秀吉様は、3日後に帰られる。それまでに・・・覚悟を、しておけ 」
「 ・・・・・・! 」


何の覚悟ですか?と尋ねる前に、露になった腿に、 三成様が押し付けた『 熱 』を感じて・・・心臓が飛び上がるかと思った。 私は、破裂しそうなくらい真っ赤になっていたけれど、同じくらい彼も真っ赤になっていて。
見つめたまま呆けている私に、あまり・・・私を見るな、と小さく呟く。
身体を開放し、起き上がった三成様が、一度だけ振り返った。


そこには・・・今まで見たことのない、笑みが浮かんでいて・・・また涙が零れた。










宴席に向かう三成様と入れ替わるように、凛が入ってきた。
乱れた室内を見て、ぎょっとした表情で私へと駆け寄る。


「 様・・・大丈夫ですか?何か叱られたのですか? 」
「 ううん、凛、違うの、違うのよ・・・これは、 」


三成様の笑みと唇の熱が、まだ胸に・・・『 心 』に残っている。
胸に手を当てて、静かに泣いている私を見て、彼女はようやく悟ったのだろう。






嬉し涙ごと・・・微笑んだ凛が、そっと抱きしめてくれた。




raison d'etre


- 存在理由 -

( 私を、必要としてくれるヒトがいる・・・それは、何て心強いことなんだろう )




Material:"24/7"
Title:"TigerLily"