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これは・・・夢、なのだろうか。
 
 それとも、少し前まで死の淵に在った俺の脳内を駆け巡る、幻、なのだろうか・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「 う・・・わあ、ぁ・・・っ!! 」
 
 
 
 
 ひと目見た瞬間、の身体が嬉しさに震えたのがわかった。
 駆け出す。そして、それの周囲をぐるぐると見て回っているようだ。
 うわあ、うわあ!と子供のようにはしゃいで、走り回っている( 子犬・・・ )
 
 
 
 
 「 小太郎さんっ!ここ、本当に私たち、住んでもいいんですか!? 」
 
 
 
 
 こくり・・・と頷けば、がやったあ!と叫んで中に飛び込む。
 俺もそれを追って、室内へと入った。
 少し埃の匂いはするが、きちんと手入れされていたようで、掃除が行き届いていた。
 
 
 
 
 さすがは・・・北条家の『 隠れ家 』だけある。
 
 
 
 
 「 ・・・・・・ 」
 
 
 
 
 そういえば、はどこだ・・・?
 
 
 
 
 息巻いて入ったワリには、声が聞こえない。耳を澄ませても、聞こえるのは虫の音ばかり。
 反射的に・・・背中に背負っていた忍者刀に、手をかける。
 俺は忍び足で、壁伝いに移動すると・・・居間に、彼女の姿を見つけた。
 
 
 小さな庭の見える、開け放った障子のすぐ傍に倒れていた。
 仰向けに転がった身体は、ぴくりとも動かない。血の気がさっと引いていくのが解った。
 すぐにでも、駆け寄りたい。なのに足が動かないのは・・・。
 
 
 ( これが・・・足が竦む、というやつか・・・ )
 
 
 戦場ではこんなこと体験したことがない。彼女が絡むと・・・俺は・・・。
 
 
 周囲への警戒を解かずに、横たわったの傍に膝をつく。
 外傷はなさそうだが・・・と確認しながら、彼女の頬に触れると温かかった。
 脇に手を入れ、ゆっくりと抱き起こす。すると・・・の瞳が、ゆっくりと開いた。
 胸を撫で下ろしている表情が、顔に表れていたのか。
 小太郎さん、私なら大丈夫ですよ、とクスクス笑った。
 
 
 
 
 「 ちょっと・・・考え事を、していたんです 」
 「 ・・・・・・? 」
 「 恐れ多い発言だと思いますが、北条のお姫様とかじゃなくてよかったなって。
 ただの飯炊き女でよかったなって・・・そう、思っているんです 」
 
 
 
 
 儚げに微笑んだ彼女とは対照的に、俺は少し不可解な表情で眉を寄せる。
 
 
 ・・・わからない。確かに、は北条家の賄担当だった。
 誰も寄せ付けない俺の食事係として、不規則な時間帯でもしっかり食べさせてくれた。
 俺のために、誰かが待っていてくれる。
 それは・・・忍として、不必要な感情かもしれない。だが・・・。
 
 
 
 
 
 
 
 
 北条家が焔の中に燃ゆる時、真っ先に、俺が失いたくないと思ったのは・・・だった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 追っていた傷など忘れて、焔の中に飛び込み・・・取り残されていた彼女を救い出して。
 背中に負った火傷が癒えたのは、つい最近のことだ。
 
 
 
 
 「 『 伝説の忍 』と謳われた小太郎さんに助けてもらって、感謝しています。
 帰る家はなくなったけれど、私もここに身を隠していいと頷いてくれたことも・・・ 」
 
 
 
 
 は起き上がって、隣に座る。そして、真っ直ぐに庭の先を見つめた。
 先程まではしゃいでいた娘とは思えないほど、真剣な、瞳で。
 俺も一度、軽く息を吐くと、その場に腰を下ろす。話を促すように、真横の彼女を見下ろした。
 
 
 
 
 「 ・・・いつか、此処にも追手が来るかもしれません。
 お姫様だったら、小太郎さんは北条家に恩のあるヒトだから、私を殺せないかもしれません。
 でも、ただの『 私 』だったら・・・遠慮なく、殺せると思うんです。人質に、ならないから 」
 
 
 
 
 庭に居たすずめが、鳴いて飛び立った。
 腕の中の彼女が、驚いたまま固まっている・・・いや、驚いたのは、俺の方かもしれない。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ( ・・・どうして、 )
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 どうして、そんなことを考える?
 確かに、残党である俺を追う奴が来るかもしれない( その可能性は否定できない )
 けれど・・・何故、お前を殺せる?ほど、俺の人質にふさわしい奴はいないだろう。
 俺は、彼女を捕られたら、たとえ殺されることが解っていても、相手の要求に従ってしまうから。
 
 
 
 
 を、自分の傍に置いておきたいから、連れてきたのに。
 陥落する北条家から、きっと他にも勤め先があったはずのお前の『 未来 』を奪ってまで。
 俺は・・・俺は、捨てたはずの我侭を通して、お前を攫ってきたのに。
 
 
 
 
 ( どうしたら・・・この胸の内が、伝わるのだろう・・・ )
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「 小太郎、さん・・・ね、泣かないで、ください 」
 
 
 
 
 泣いているわけじゃない・・・ただ、悲しいんだ( あまりにも、もどかしくて )
 首を振って、彼女を抱き締めていた腕を少し緩めると。
 俺の顔を覗き込んだが、頬に唇を寄せた。
 
 
 
 
 「 ・・・・・・っ! 」
 「 私、ずっと・・・小太郎さんのことが、好きでした 」
 
 
 
 
 そう告げて、微笑んだ彼女は・・・世界で一番美しい花のよう。
 染まった頬。少しだけ潤んだ瞳が、愛らしかった。
 
 
 
 
 「 焔の中で、もう逢えないと思った時に、一度命は捨てました。
 だから・・・これからは、私、小太郎さんのために生きようと思うんです 」
 
 
 
 
 ならば、俺の傍にいてくれ。俺のために生きると言うなら、そんな悲しいことを言わないでくれ。
 
 
 想いを言葉にすることなく、彼女の身体をただ、ただ、抱き締めていると。
 の両手が、背中の傷を避けるようにそっと俺の身体を抱き締め返す。
 初めて逢った時よりも、遥かに伸びた髪。
 撫でてやれば、小太郎さん・・・と、うっとり呟いて、肩に頭を乗せて甘えてくる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ああ・・・どうして、こんなにも彼女が愛しいのか
 
 
 
 
 俺は忍びだから、言葉を持たない
 お前を安心させられえるような、甘い台詞は持ち合わせていない
 
 
 
 
 けれど、が俺のために生きてくれると言うのなら、俺の命もお前に捧げよう
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 生涯、変わることのない永遠の『 誓約 』を・・・君に
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 身体を離して、顔を近づければ、輝きを宿した彼女の双眸が閉じる
 桃色の唇に、そっと自分のを重ねると・・・二人の身体は崩れるように、重なって・・・堕ちた
 
 
 
 
 
 
 
 
うつくしき淪落( そしていつか告げよう・・・俺も、を心の底から愛しているのだと )
 
 
 
 
 
 
 
Material:"ふるるか"
 
 
 
 
 
 
 眩暈-dizziness- 様へ!
 Super Hero!:灯
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