私の背中には、羽根がない。
羽根があったらいいのにな、って、最近思うんだ。
そしたら、飛べるのに。どこまでも飛んでいけるのに。
あの空の向こうまで、飛んでいけたら・・・・・・いいのに。
扉が、勢い良く開く音。
名前を呼ばれても、私は振りかえらなかった。足音が次第に近づいてくる。
すぐ近くまで来て、その足音はぴたりと止んだ。
そして、彼の両腕が、素早く私を背中から包み込む。
「 」
息を呑んだのが、バレてやしないだろう、か・・・。
耳元で囁かれた、甘い声。泣きたくなるのを、必死で堪えた。
喉の音を立てないように気をつけながら、一息吸い込む。
「 ・・・ラビ、おかえりなさい 」
「 ん、ただいまー 」
ようやく振り向いた私に、彼は満面の笑みを向ける。
「 同じ時期に任務に出たのに、の方が早かったんだな、帰るの 」
「 そ・・・だね。私も一週間前に帰ってきたばかりだけど 」
「 結構きっつい任務だったさー。報告書にこの苦労をたんまりと書いてやるつもり 」
そう言って、にかっと笑う彼が眩しくて、思わず目を逸らす。
不自然だったかも、と後悔したけれど、再び彼を正面から見る勇気はなかった。
落とした視線の先に広がる、白い布。両脚にきつく巻かれた、包帯が目に映る。
・・・どうやって、切り出そう。
この脚を見れば、私の身に何か起きたことは明白なのだけれど、
自分で告白してしまったら・・・事実を認めてしまいそうで、嫌だった・・・。
「 ・・・? 」
ラビはしゃがみ込むと、俯いた私の顔を覗き込む。
エメラルドの瞳に、心の奥底まで見透かされてしまいそうだった。
「 ラ・・・ビ・・・あの、わ・・・ 」
私、言わなきゃいけないことがあるの。
動こうとした私の唇に、彼の薄い唇が重ねられた。
甘美なキスに、紡ぐはずだった言葉が、緊張が、全部溶けていく。
それは涙に変わって頬を伝うと、彼の指が雫を拭って、ぽつりと呟いた。
「 ・・・聞いたさ 」
何を、と訊ね返す必要などなかった。
ブックマンである彼には、全てお見通しなのだ。任務で起きたことも、私の未来も。
だから、私は思ったより苦労することなく、微笑むことが出来た。
「 ・・・・・・そっか 」
「 脚、本当に、完治しないんさ? 」
「 うん。これだけ優秀な人の集まりの教団側にも、投げ出されるくらい 」
「 そんな自分を貶めるようなこと、言うなよ 」
「 ・・・ごめん 」
もう、歩くことが出来ないという不幸に、酔ってしまいたいのかもしれない。
先の任務で起きた事故が原因で、私の両脚は私のモノではなくなってしまった。
任務にも出れない、働くことも出来ない私は、故郷に帰ることになった。
「 ラビ、ごめんね 」
「 ・・・何を謝ってるんさ? 」
「 私・・・もう、傍にいられ、ない 」
本当は・・・本当は、ちょっとだけ、想像してしまったこともあるの
千年伯爵との戦闘が終わって、ラビの隣で歩む、未来の自分の姿
ブックマンである彼と結ばれることが出来るのか、とか
ノアの一族と千年伯爵を倒すことが出来るのか、とか
そんなことは考えないで、ただ、貴方の傍にいたかった・・・
・・・なのに、こんなふうに、未来は閉ざされてしまうなんて
「 なーんて顔、してるんさっ!! 」
「 え、っ!? 」
ラビの、いつも通りの明るい声がして。
もう一度、ぎゅ、っと力強く抱き締められた。
「 また逢える!てか、まだしばらくは準備で教団にいるんだろ? 」
「 ・・・2週間くらい、だけど・・・ 」
「 2週間、もしくは俺の任務が入るまでは、俺、ずーっとの傍にいるさ 」
「 う・・・うん 」
「 とこれっきり、なんて気持ちはさらさらないし 」
「 ・・・・・・ 」
「 故郷に帰っても、俺が逢いに行くさ! 」
「 ・・・・・・ラビ 」
「 じゃねーと、俺が耐えらんねー。寂しすぎるさ 」
陽気な声とは裏腹に、私を抱き締めている腕が、少しだけ、震えていた。
涙が止まらなくて、ラビの胸に顔を埋める。
・・・信じていい?信じて、待っていていいのかな、私・・・。
「 ・・・うん・・・待って、る・・・ 」
ラビが、私の身体を起こして、額にそっと優しいキスを降らせた。
それはとても神々しい誓約の口づけで、うっとりと瞳を閉じた。
「 のこと、大好きさ 」
若い私たちの、だけど偽りのない、愛の約束
「 ・・・もう一回、言って 」
「 おう!何度でも!!、大好きさー!! 」
「 ふふっ、私も好きよ、ラビ 」
「 俺も、大、大、大好きなんさーっ!!! 」
閉ざされたと思った扉は、再び私の前に現れ
私は・・・その柄を握って、力を篭めて、開いた
その扉の先に待っているのが、貴方でありますようにと願いを込めて
世界を救う言葉
( 不幸に染まる筈だった未来は、貴方の愛によって救われました )
Title:"Endless4"
Material:"Sky Ruins"