| 
 
 
 
 
 深夜0時、君が来た
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 あまりにビックリして・・・先生、声が出ませんでした。
 
 
 お風呂から出たばかりで、髪も乾かさないうちに自宅のチャイムが鳴った。
 モニターに映し出された彼女は、僕の担任する生徒の一人。
 見慣れた顔に、幾つも作られた涙の筋。いつもの輝きはどこへやら、赤く腫れた瞳。
 制服姿にマフラーを巻いただけの姿は、まるで家出少女のようでした。
 
 
 「 ・・・さん、一体、 」
 「 若王子先生、今晩だけ・・・今晩だけ、泊めて下さいっ! 」
 「 ・・・・・・・・・えええッ!? 」
 
 
 
 
 渇いていない前髪から、ポタリと雫が零れて、玄関のコンクリートを濡らした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 どうぞ、と薦めたホットミルクを飲み干したところで。
 ようやくひと息吐いたのか、俯いていた顔を上げた。
 
 
 「 ・・・先生・・・突然、すみませんでした 」
 「 いえ、僕のことは気にしなくていいんですよ・・・少し、落ち着きましたか? 」
 
 
 コクンと頷く彼女。そう、元々は素直な子で、無茶するようなタイプの生徒じゃない。
 だから・・・そんなさんが、ここまで暴走してしまったのには、きっと理由がある。
 彼女は、足元に擦り寄った子猫の頭をひと撫ですると、
 
 
 「 両親と、進路のことでモメてしまったんです 」
 「 ふむ・・・さんは、報道関係を学べる大学を志望していましたね? 」
 「 はい。だけど両親は、ずっと不満だったみたいなんです 」
 「 もしかして、今日皆さんに返した成績表、ですか? 」
 「 ・・・試験に必要な科目が、ずいぶん悪くて・・・進路の話まで、飛び火してしまったんです 」
 
 
 止まったと思っていた涙が、ここでまた彼女の瞳に浮かぶ。
 僕の差し出したタオルを受け取って、さんは静かに身体を丸めて泣いた。
 その背を抱き締めようとした自分の手を・・・慌てて、ひっこめる。
 
 
 「 ・・・、さん。どうか泣かないでください 」
 
 
 
 
 
 
 ダメだ・・・彼女はまだ、僕の『 生徒 』なんだ・・・
 
 
 
 
 
 
 「 さんの涙を見ると、僕まで悲しくなります。先生、泣いちゃいそうです 」
 「 せ、んせ・・・ 」
 「 ご両親には、僕から話してみます。だから、安心して・・・ね? 」
 「 ・・・はい・・・ 」
 
 
 ぐしゃぐしゃになった顔も、愛らしくて。
 僕は微笑んで、彼女の頭に軽く手を乗せた( うん、これくらいなら許される、かな )
 
 
 
 
 
 
 一瞬、きょとんとしていたさんの表情は・・・やがて、極上の笑顔に変わった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ( そう・・・この笑顔を見るだけで、僕は今までになく満たされるんだ・・・ )
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「 ええ・・・はい。それでは、よろしくお願いします。失礼します 」
 
 
 ぴ、と電話を切って、ソファを振り返れば。
 彼女の・・・安らいだ寝顔があった。その足元に、寄せ合うように僕の猫が丸まっている。
 
 
 「 まったく・・・羨ましい限りですね、君は 」
 
 
 猫の頭を撫でて、僕は彼女の枕元に座る。
 長いまつげに、まだちょっぴり雫が残っていた。瞼の腫れも、明日まで尾を引くだろう。
 3年生ともなれば、誰もが進路に悩んでいる。僕は・・・彼らの力になれるのだろうか。
 ( 同じ経験のない僕で、本当に生徒たちを励ますことができるのだろうか )
 
 
 「 ・・・ん、ぅ・・・ 」
 
 
 切羽詰った状況で、僕の元へ駆けてきてくれたさん。
 友達でも、彼氏のところでもなく・・・僕の、トコロへ。
 
 
 
 
 
 
 「 先生は・・・いえ、『 僕 』はいつでも君の側にいるよ・・・さん 」
 
 
 
 
 
 
 心配していた彼女の両親は、急いで迎えに来てくれるそうだ。
 到着まで、およそ15分。もう少しだけ・・・この寝顔を独り占めできる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 まつげにたゆたう涙を、そっと指先で拭って
 
 
 
 
 ソファに横たわる彼女の頬に・・・そっと、自分の頬を寄せた
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ( 君の喜びも悲しみも、僕が一緒に背負ってあげられたらいいのに・・・ )
 
 
 
 
 
 
 
 Title:"Wave Lance"Material:"Sky Ruins"
 |