< 想いは、刻を経て繰り返す


 コムイさんの、私たちを呼ぶ声が、聞こえた


 走る
 つまづきそうになっては持ち直して、また走った
 駆け抜けた風から、夏の香りが漂う
 一斉に空を仰いだ、向日葵たち
 コムイさんにみつからないよう、背の高い彼らの間に身を隠して




「・・・ココなら、きっと、バレな、いさ」




 上がった息を整えながら、ラビが言った
 苦しそうに顔を歪めて、神田も腰を下ろす
 私は、流れる汗を拭った




「ご・・・ごめんね。二人に、いっぱい、迷惑かけちゃった・・・」
「・・・お前が、気にするな」
「そうさ!が気にするコト、ないんさっ」




 二人はそう励ましてくれたが、原因は私にある








 ラビに逢ったのは2年前。神田に逢ったのは1年と8ヶ月前
 私たちは、まだ任務もこなせないヒヨっ子だった
 毎日教団にいて、同じ年齢だったから。本当にただそれだけ
 ・・・仲良くなるのに、理由なんてなかった


 いつも一緒にいた
 朝も、昼も、夜も
 それぞれに与えられた部屋を、日替わりで遊戯室・勉強室・寝室にした
 誕生日も、クリスマスも、お正月も
 今年出来なかったコトは、来年ね!と約束した
 今の瞬間が、永遠だと信じてたから


 半年前、コムイさんに私だけ呼ばれた


、今日からラビと神田クンを部屋に入れないコト。
君も彼らの部屋に踏み入れないこと。僕と約束、出来るよね?」


 どうして?どうして?どうしてなの?
 コムイさん、どうして私とラビと神田を、引き離そうとするの?
 嫌、私は二人と一緒にいたい。今までのように、これからもずっと


 だけど・・・・・・・・・その願いは叶わなかった


 私は、彼らの部屋から一番離れた棟に移され、接触を制限された
 食堂で逢って、一緒に食事を取るコトが精一杯。気持ちは満たされなかった
 だから、こっそり逢いに行った
 ラビと神田も、あの手この手で、私の部屋を訪れた
 まるで絵本のようね、と私はうっとり微笑んだ
 捕らわれたお姫様の元に、夜な夜な現れる王子様


 その密会がバレた今日、私はアジア支部への移転が命じられた


 部屋の窓ガラスが、コツコツと鳴った
 泣き伏した私が振り向くと、ベランダに彼らが立っていた。そして言った




「ココを出て行こう」




 3人で生きていこう。きっと、俺ら3人なら大丈夫
 誰にも縛られることのない、広い世界へ
 右に神田の手を。左にはラビの手を
 12歳の私たちは、柵を越えた








 コムイさんの足音が遠ざかる
 このまま見つからなければ、私たち、3人で生きていける


 ぎゅ、と手に力がこもる。すると、右からも左からも、同じように力がこもった
 私たちはまるでひとつの塊のように、肩を寄せて丸くなった






 神様、神様
 あぁ、お願いだから


 私たちを引き離さないで。そうでなければひとつにして
 ずっと離れることのないように。永遠に3人でいられますように

 神様って奴は残酷で
 私のコトは、エクソシストとして勝手に操るくせに
 私のちっぽけなお祈りなんて、全然聞いてくれなかった


 ラビと神田と引き離され、私はその日のうちにアジア支部行きの列車に乗せられた
 そこで・・・初めて、二人と別離することになった理由を聞かされた
 小さい頃の私は、難しい単語ばかりで、理解するのにとても時間がかかったけれど
 今の私なら、それがいかに常識外れだったかわかる






 私は、もう・・・ラビと、神田には、二度と逢えない






 けれど、この誓いでさえ、神様は裏切り
 6年経って、私は教団本部に戻ってきた


 これもコムイさんの仕業なのかどうか、わからないけれど
 談話室には、任務のないエクソシストが集まっていた
 そこで・・・背丈も髪の長さも伸びて、男らしい顔と身体つきになった
 ラビと神田に再会した


 最初は戸惑っていた私たち
 きっと彼らも、私と別離した理由を理解しているのだろう








 でも・・・気づいてしまった


 変わったのは姿形だけで、中身は一向に昔のまま
 6年分・・・乾いた心が本当に欲していたのは、彼らだった


 私を、今も変わらず愛してくれている・・・ラビと、神田


 差し伸べられた二本の手
 この手を取ってしまえば。あの時のように、繋いでしまえば
 私はきっと、また彼らに『溺れて』しまうのだろう


 それは、6年前にはなかったためらいで
 あの頃恋焦がれた未来か、希望と不安の混じった真っ白な未来か
 どちらがより幸せになれるか、なんて考えている自分が嫌いだ








 私って、こんなに汚くて、打算的で、意思の弱い女だったの?








 神様、神様
 あぁ、お願いだから


 今度こそ、私の願いを聞き入れて







どうか、 だと言って







( だけど、きっと彼らの手をとってしまうのでしょう )




Material:"Honeymoon"