おはよう、と声が降ってきて、俺は顔を上げる。




 膝下まである長めのスカートを翻して、が階段を降りて来るのが見えた。
 俺は踊り場で足を止めて、彼女が隣に立つのを待つ。


「 おはよう・・・よく、眠れたか? 」


 トン、とブーツの爪先が俺の横に並ぶと、そう声を掛ける。
 は少しだけ笑って。


「 とーっても!んもー、ぐっすりだよ 」


 と、目の下のクマを歪ませて、極上の笑顔で微笑む。
 俺は苦笑して、一階へと向かう階段を、一歩降りた。
 ・・・眠れるワケ、ないか。当然だな。
 そう問うた俺自身も、睡魔が襲ってきたのは朝陽が昇ってからだ。






 今日は、12月31日。
 街はクリスマスから正月の祭事へと、慌しく衣替えしている中で。
 俺たちは、今日・・・ひとつの、大きな決断を下そうとしている。






「 なんか、信じられないよね。ホントに今日・・・ 」


 綾時クン、来るのかな。
 はそう言って、瞳を伏せた。
 睫毛が、ゆっくりと影を作るその瞬間が、目に焼きついた。
 俺は、来るだろう、と答えて、また足を一歩進めた。


「 明彦の中で、答えは出たの? 」
「 ああ 」


 あっさりと答えた俺に、少し驚愕したの視線が注がれる。
 けれど・・・


「 ・・・私も、決まった、よ? 」


 小さく、だけどハッキリと。が呟いた。
 今度は俺が少しだけ驚く番で・・・それを見た彼女が、ふふっと微笑む。
 階段を下りる俺の足が、自然と止まる。
 は、タタン、と勢い良く、踊り場へと足を進めて・・・振り返る。


「 だって、嫌だもの 」
「 ・・・何が? 」
「 今までの出来事を、忘れてしまうこと 」


 歌でも口ずさむように、はそう言って、まっすぐに俺を見上げる。
 踊り場に差し込む陽の光が、彼女の瞳を輝かせた。
 ・・・いつも以上に美しいと思うのは、その意志の強さなのかもしれない。


「 寮で過ごしたこと、出会えたみんなのこと、タルタロスで過ごした時間、どれも失いたくないから 」


 怯えずに生きるか or 恐怖と戦うか・・・という選択、ではないのだ。
 記憶を失う、今までの時間を『 無かったことにする 』ということは。
 ここまで築き上げてきた『 自分 』を『 失う 』ことになる。


 ・・・俺だって、真っ平ゴメンだ。


 この戦いで、命を落としたヤツもいる( 俺にとって、かけがえのない彼も、その一人だ )
 その命を背負っている気持ちは無いが、忘れて生きられるほど、楽観的でもない。
 見たこと、聞いたこと、話したこと、感じたこと、触れたこと。
 ・・・他人を・・・想う、ということ。


「 ああ・・・俺も失くしたくないからな 」








 を、好きだと想う、この気持ちを








「 うん、だよね 」


 ニッコリと微笑んで、彼女は続きの階段を降り始めた。
 改めて、自分の決意を噛み締めて、俺も続いて、ロビーへと向かう。
 彼女の瞳を輝かせたあの光が、靴の爪先にも反射して、光を放った。


 俺の目指すものは・・・きっと彼女と、同じだろうか。
 俺の瞳も、彼女のように・・・今、輝いているのだろうか。












 冬休みの真っ最中だから、一階には仲間が集っていることだろう
 『 おはよう 』と挨拶を交わし、それぞれ思い思いの場所へと散らばっていく
 いつものパターン、いつもの光景、いつもの・・・日常


 ・・・けれど、決断の刻は今夜、必ず訪れる


 零れ落ちた掌の砂が戻らないように、時間は過ぎていくだけだ
 だからこそ、俺たちは決めなければならない
 あとで泣きたくないから、怖気づきたくないから、後悔したくないから








 人類のためとか、みんなのためとか、そんな大層なものではなくて
















 誰よりも、今、この時を生きる・・・・・・自分の為に
















願うのは未来を違えないことと、



それから、





( 意志は力になり、心を照らす道標となる )




Title:"loca"
Material:"フランクなソザイ"