高校生活最後の日に、私は葉月珪から告白された。




 ステンドグラスの美しい絵柄が、教会の絨毯に描かれていて。
 蘇る記憶。幼い頃の、淡くも優しい初恋の想い出。
 その初恋の彼が、私を見つめて愛の言葉を囁いた。
 心臓はバクバク。いつもは達者な口も、こんな時に限って動かない。
 何人もの女性を魅了するモデルの彼が、私を選ぶ、というのだ。
 ・・・とっても、嬉しかった。
 初恋の相手だと知る以前に・・・ずっと好意を抱いていたのだ、彼に。


 なのに


 動揺した私がとった行動は、酷く、彼を傷つけた。
 罪悪感で胸がつぶれて、死んでしまいそう。
 下げた頭を戻せずに・・・私は、謝り続けた。








 ・・・自信がなかった


 この気持ちが、愛なのか・・・・・・ただの、憧れなのか
























『 か?・・・久しぶり 』


 だから、一年ぶりに留守録に入ったメッセージには、本当に驚いた!
 私は、何度も再生ボタンを押す。
 一粒の言葉も、零してはならないと思ったから。


『 森林公園にいるんだ。桜が・・・見事な花を咲かせている。
  お気に入りの・・・あの場所にいるんだ。それだけ・・・じゃあ 』


 待っている、とも、来て欲しい、とも言われなかった。


「 ちょ・・・っ!?、午後の講義は!? 」
「 パス!生理痛で休む、って言っといて!! 」


 ・・・でも、待っているような、気がした。
 高校時代に覗かせた、あどけない笑顔の彼が、私を手招く。
 その手を求めて・・・私は走り出す。














『 ・・・お気に入りの、場所?? 』


『 ああ、撮影している時に、見つけたんだ。誰も来なくて、桜を独り占めできる 』


『 へえ・・・うわぁ、ホントだぁ。満開だね 』


『 だろ?お前なら・・・きっと、そうやって喜んでくれると思った 』















 森林公園の桜は、彼の伝言通り、それは美しく咲いていて。
 毎年二人で歩いた桜並木は、今年もやっぱり同じ顔で出迎えてくれた。
 真っ青な空と、真っ白な桜のコントラストに・・・吸い込まれてしまいそう。
 クラクラする頭を振って、私は並木道を途中で外れる。


「 見つ、けた・・・ 」


 広い公園の外れ、より少し手前。人気のない、中央との境の部分。
 大きな茂みをかき分けると、ぽっかり空いた、円形の空間。
 昔、教えてくれた・・・彼の、お気に入りの場所。
 桃色の絨毯に、埋もれるようにして眠る・・・・・・一年ぶりの・・・・・・


「 珪くん 」


 声をかけたが、起きる気配はなかった。
 携帯電話を握りしめたまま、小さな寝息が聞こえる。
 ・・・端正な顔立ちは、変わらない。相変わらず、珪くんは綺麗。
 時に中性的に見えるほど整った、この美しさに、ちょっぴり妬いたこともある。


「 ・・・姫は、私の心の幸い 」






 絡ませた小指に、願いを託したとおり、貴方は私を見つけてくれた。
 立派になった貴方を見て、私は自分が嫌になったの。
 貴方を見つけられなかった自分が、とても不甲斐なかった。
 釣り合わない・・『 普通 』な自分が、とても惨めに思えた。






「 姫の愛さえあれば、どんな試練も喜びに変えることが出来ます 」






 でも、運命は私たちを見逃しはしなかった。
 ・・・一年離れて、やっとわかったの。
 春の桜並木にも、夏の海辺にも、秋の木漏れ日にも、冬のイルミネーションにも。










 私の中の、全ての世界に・・・・・・貴方が、存在することに










「 私の心は、あなたのもの 」
「 ・・・俺の心は、のもの 」


 返ってきた声に、私はびっくりして、彼の顔を覗き込む。


「  」


 金色にも見える、栗毛色の髪。グリーンの優しい瞳。
 変わらない。幼い頃も、再会した時も、卒業式のあの日も。
 一年後の今も・・・同じ『 王子様 』が、私を迎えに来てくれる。


「 珪くんが・・・好き 」


 そう言うと、珪くんが、ゆっくり・・・ゆっくりと、微笑んだ。
 だから私も嬉しくなって、彼に抱きついた。
 突然の行動に、彼は驚きながらも受け止めてくれたけれど。
 背後の大樹にまで影響があったらしく、勢いよく枝を揺らした。
















 さあ、時は満ちた


 固かった蕾が、満を持して花開く
 空へ、空へと・・・・・・ようやく叶った、約束をのせて
 セピア色だった想い出が、今、色づいていく






「 ・・・俺も、が、好きだ 」






 花びらが舞い落ちる中・・・珪くんが呟く
 彼の右手が、さらりと私の髪を撫でた










 再び逢瀬を果たした王子と姫は、ようやく愛のキスを交わしたのでした











( 姫は祈る。いつの日か、もう一度巡り会うことを信じて )




Title:"Rachael"
Material:"空に咲く花"