私は、両腕を広げた。
 少女は「おねえちゃん」と声を上げて、駆け寄る。
 煤(すす)で汚れた頬を、涙で濡らしていた。
 AKUMAのせいで、この娘は独りぼっちになってしまった。
 その小さな身体を抱き締めて、守ってやりたいと思った。


、退くんさ!!」


 聞きなれた声が背後からして。
 反射的に、身を低くした。
 腕は、伸ばしたままだった。


 ・・・けれど




 彼女が、その腕に縋って来ることは、永遠になかった




 私へと伸びていた、少女の小さな掌は
 身体が沈むと、その掌も地面へとパタリと落ちた。
 私は瞬きもせず、目の前の光景を見つめる。
 ・・・少し遅れて。
 『塊』となったモノの上に、涙の筋を見つけ・・・・・・・・・










 声にならない、悲鳴を上げた

















満天の星




the innumerable stars in the whole sky



第 1 章








 教団に、緊張が走った。
 幾つもの足音が、医療室の前を行き来した。
 血まみれの彼女を乗せた担架がここを走ったのは、つい先ほどのこと。
 ポーン・・・と静かな音がして。
 飾りだとばかり思っていた"緊急"ランプが、繰り返し赤く点滅するのを見つめていた。


「 ・・・ハァ、ハァ・・・ラ、ビ・・・!!の容態は!? 」


 黒髪を揺らして走り寄って来たのは、彼女の親友。
 その後に、オレと同じ瞳で、いつも彼女を見つめてきた白髪の少年が立っている。


「 ねぇ!はどうなの!? 」
「 ・・・外傷は少ないさ 」
「 なら・・・どうして、あんなに血まみれになって・・・ 」
「 ・・・・・・オレの・・・せい、なんさ・・・・・・ 」
「 ・・・ラビ?一体、何が・・・ 」


 様子がおかしいコトを悟ったのか。
 リナリーは、不審なものを見るようにオレの顔を覗き込んだ。
 背後から突き刺さるような視線を感じる。
 コツリ、と。
 いつもより静かに・・・厳かに。視線の主は、靴を鳴らす。


「 現地で彼女に何があったんですか? 」
「 アレン 」


 静かな、怒りの炎が、彼の瞳の中で燃えていた。
 脆弱なオレの精神は、強い光に照らされただけで乱れてしまう。
 ふい、と視線を逸らし、無機質な大理石の床を見つめた。
 アレンが、噛み締めていた唇を開こうとした時だった。


 ポー・・・ン


 点灯した時と同じ音が、廊下を木霊する。
 オレたちは瞬時にランプへと目を向け、開かれた扉へと駆け寄る。
 医療室の責任者だという医師と、コムイ、そして彼女に付き添っていたジジィが
 疲れた顔をして、出てきた。


「 兄さん!は・・・は、無事なの!? 」
「 どうなんですか!?コムイさん!! 」


 2人は詰め寄るように、コムイの白衣を揺らした。


「 お、落ち着いて、2人とも・・・大丈夫、命に及ぶような大きな外傷は無いから 」


 優しく微笑むコムイの様子に、リナリーは胸を撫で下ろす。
 良かった、と呟いた妹の肩を、コムイは抱いた。
 しかし・・・・・・アレンは、誤魔化せなかったようだ。


「 ・・・命に危険は無くても、大きな傷が彼女には残っているんですね? 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 ココロの傷痕、がな 」


 言葉に詰まったコムイの代わりに、隣のジジィが口を開く。
 リナリーやアレンだけでなく、オレもはっとしてジジィへと視線を向ける。


「 そこの馬鹿が・・・嬢の目の前で"人間"の少女を、殺した 」


 "事実"が、胸を突く。


「 嬢は、少女の血を浴びた。そのショックで・・・精神が崩壊してしまった 」


 崩れ落ちたのは、リナリーだった。
 青ざめた彼女を支えようと、コムイは慌てて手を伸ばす。
 いたたまれなくなって、瞳を瞑ろうとした瞬間・・・頬に痛み。
 オレは転がるように、医療室の扉へと激突する。
 背中を襲った衝撃に苦悶の声を上げる暇もなく、紅い手がオレの襟元を掴んだ。


「 ・・・っ・・・ア、レン・・・ 」
「 ラビ・・・・・・貴方という、ヒトはぁ・・・っ!!! 」
「 アレンくん!止めるんだ! 」


 リナリーを放し、コムイがオレとアレンの間に割り込むように立つ。
 イノセンスを発動しそうな勢いのアレンを、後からジジィも諌めた。


「 止めよ。病人の気に触れる 」


 嬢が中にいるのだぞ。
 ぐ、とアレンが喉を鳴らして堪えるのが解った。
 無念そうに、オレの襟元を掴んでいた手の力が弱める。
 開放されて、オレはストンと床に落ちた。


「 大丈夫かい、ラビ・・・ 」


 苦しそうにむせたオレを・・・労わるように、大きな掌が撫でた。
 アレンは俺に背を向け、肩を震わせている。
 ・・・オレはその背中に・・・かける言葉すら、見つからず。
 赤く、爪跡がつくまで握った拳を、床に打ち付けた。


「 ・・・今から、嬢を本人の部屋に戻す。外傷も少ないのでな。それから・・・ 」
「 リナリーさん、しばらくの間、貴女にさんのお世話をして頂くことになりました 」
「 私に?構いませんが・・・任務が・・・ 」


 医師の言葉を受けたリナリーが、ちらりとコムイに視線を送る。
 科学班室長殿は、にっこりと微笑んで


「 緊急出動を除いて、ちゃんの傍にいること。君しか、彼女の世話は出来ないだろうし 」
「 えぇ・・・!喜んで、兄さん!! 」


 やっと笑顔を取り戻したかのように、ぱっと花を開かせた。
 その様子に、コムイは満足げに頷く。
 医師は、医療班に担架を用意させる、とコムイを伴って病室へと戻っていった。


「 埃一つないよう、まず部屋を片付けなきゃ 」


 リナリーは自分の役目を見つけて、足早に去る。
 オレに背中を向けたまま・・・・・・アレンが、呟いた。


「 ・・・見損ないましたよ、ラビを 」


 そう言い残して、靴音と共に姿を消した。
 口に広がる鉄の味が、アレンの涙のようだ、と思った・・・












 残されたオレと、ジジィ。
 ジジィは・・・座り込んだままのオレを、見下ろした。


「 ・・・・・・そろそろ、引き際ではないのか?小僧 」


 ・・・きっと、ジジィはほくそ笑んでいるだろう。
 "優秀なエクソシスト"であるを失うのは、大きな痛手だが。
 "オレが想いを寄せる"の失脚は、ジジィ自身が望んでいたことだ。


「 へっ・・・情けねーさ・・・ 」
「 回復の見込みは、はっきり言って薄い。完全に自己喪失しているからな 」
「 ・・・それでも・・・ 」
「 "諦めるワケにはいかない"か?・・・まだまだ青いな 」


 たたみかけるようにジジィは言う。
 反論すらしない俺に、ため息を吐いて。やがて医療室に背を向けた。












 戦慄に歪んだ、端正な顔立ち
 畏怖と悲しみの色を浮かべた、大きな瞳




 ・・・オレはきっとこの先、あの"瞬間"を忘れることはないだろう。






「 ・・・・・・・・・・・・ 」






 無意識に呟いた君の名は・・・・・・・・・静寂の中に、溶けた・・・・・・・・・









( 大切なヒトを傷つけるために、生きてきたんじゃないんさ )






シリーズです、もうしばらくお付き合い下さいませ♪

Material:"君に、"