| 
 触れたその手は、確かに温かいのに。冷えているような錯覚に捕らわれてしまうのは、彼女の心が氷のようだから。
 
 
 「  」
 
 
 唱えた呪文は、効果なく。
 ただ、彼女を素通りしていく。
 ベッドの背もたれに半身を預け、鎮座する。
 光を失った瞳は、どこか遠くを見つめていた。
 
 
 ・・・時折・・・
 ゆっくりと瞬きする様子が、リセットしたくても出来ない傷の深さを物語っていた。
 
 
 「 ・・・、戻って、来て 」
 
 
 縋った白い掌を、零れた涙が濡らした。
 彼女はそんな私に目もくれず・・・窓から差し込む光に身を委ねていた・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
 そんなと共に過ごして、半月。
 何回目かの診察を終えて、兄さんが言った。
 
 
 「 ちゃんの身体機能が、急激に衰えてきている 」
 
 
 彼女の傍らで、髪を梳いていてあげた私の手が止まる。
 さらり、と指の隙間から柔らかい髪が流れ落ちた。
 
 
 「 衰えてる・・・って、どういうこと? 」
 「 検査で、正常値を大幅に下回る結果が出たんだよ。それも日々悪化している。
 ・・・まるで、”生きる”ことを拒否しているような症状なんだ 」
 
 
 兄さんの言葉は、まるで死刑宣告のよう。
 それじゃあ・・・は自ら死を望んでいるとでも言うの!?
 私は、少し汚れた白衣を掴んだ。
 
 
 「 兄さん、何とかして!を失うなんて・・・嫌よ!! 」
 
 
 戦闘でならまだしも、こんな・・・こんなカタチで彼女を失うなんて・・・!!
 
 
 「 を・・・助けて!!お願いよ、兄さん・・・っ! 」
 「 リナリー 」
 
 
 子供のように泣き叫んだ私を、兄さんは力強く抱き締めた。
 それでも嫌々と首を振ると、大きな掌が両頬を優しく包む。
 兄さんの愁いを帯びた瞳に見つめられて・・・私は、ただの”妹”に戻る。
 
 
 ・・・コ、ツン
 
 
 触れたのは。
 久しく感じていなかった・・・”ヒト”の温かさ。
 
 
 「 に、い・・・さ・・・ 」
 「 しっかりするんだ、リナリー。君が取り乱してどうする 」
 
 
 囁かれた言葉は、胸の奥まで澄み渡る。私は、静かに瞳を閉じた。
 
 
 「 を、信じよう。神は・・・きっとを見捨てたりはしない 」
 
 
 くっついた二人の額の先が、熱くなった。
 ・・・信じるわ、兄さん。
 の復活と、神の奇跡を。毎晩、天(ソラ)に向かって祈るわ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ・・・だから、お願い
 
 
 
 
 
 もう一度、思い出して・・・・・・”生”への執着を
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
満天の星
 
 
 
 
 the innumerable stars in the whole sky
 
 
 第 2 章
 
 
 
 
 
 
 
 
「 入るぞ 」( 『笑顔』をくれた、彼女に幸せでいて欲しいだけ )
 
 以前なら、奥から悲鳴じみた声が聞こえてきて。
 ” なんさ、ユウ!入る時はノックしてって毎回言ってるさ!! ”
 ・・・でも、ここ半月はそんなやり取りも失くなった。
 代わりに、ブックマンが顔を出す。
 
 
 「 ・・・お主か 」
 「 ラビはどこだ 」
 「 奥にいる・・・私は、席を外すとしよう 」
 
 
 足音もなく身を翻すと、たった今俺がくぐったドアへと向かう。
 パタン、と扉の閉じた音を背中で聞くと、俺は視線の先へと足を進めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その部屋には、午後の日差しが溢れていた。
 神々しいまでの、白い光に包まれて。
 今にも消えてしまいそうな・・・赤い髪の・・・
 
 
 「 ラビ 」
 「 ・・・・・・ユウ・・・・・・ 」
 
 
 俺を見上げた瞳には、相変わらず生気がない。
 
 
 「 待ってて・・・今、お茶入れるさ 」
 「 いや、長居はしない 」
 
 
 言葉を無視し、立とうとしてフラついた彼に手を伸ばす。
 ラビは一瞥し、”いらねぇさ”と自嘲的に笑った。
 その・・・何もかも諦めたような表情に、俺はかちんとくる。
 
 
 「 ・・・ちっ 」
 
 
 茶器に湯を注ぐ音に混じって、くつくつと微笑う声がした。
 
 
 「 ホント、ユウは怒ってばっかりさぁ 」
 「 うるせぇ 」
 「 ・・・羨ましいさ 」
 
 
 俺は、振り向く。
 その背中に漂う哀愁。見ているだけで、切なくなった。
 
 
 
 
 ・・・お前は、いつの間にそんな腑抜け野郎になっちまったんだ?
 陽気で、気さくで。ふざけているように見えて、眼帯の奥で真実を見極めている。
 裏歴史を記録する、”ブックマン”という使命。
 背負っている、その重さすら感じさせないほどの器の持ち主なのに。
 
 
 
 
 「 の身体機能が、弱まっているそうだ 」
 
 
 ガチャン・・・ッ
 
 
 手元を離れたカップが、床に落ちる。
 触れた点から広がるようにヒビが入り、砕けた。
 
 
 「 アハ・・・ワリぃ、滑った、みたいさ・・・ 」
 
 
 長い前髪に遮られ、彼の表情を読むことは出来ない。
 が、飛び散ったカケラに伸ばされた指が、小刻みに震えているのが
 ラビが動揺している、何よりの証だった。
 俺はたたみかけるように、言い放つ。
 
 
 「 このままだと・・・そう長くは、持ち堪えられないらしい 」
 「 ・・・・・・ 」
 「 コムイが言うには、それがの意思による現象だとか 」
 「 ・・・・・・ 」
 「 いいのか? 」
 
 
 このままで。
 も、お前自身も・・・本当に良いのか?
 そんな風に朽ち果てていくのが、お前らの望んだことなのか?
 
 
 「 いいさ 」
 
 
 小さな呟きに、俺は瞳を見開く。
 
 
 「 ラビ 」
 「 ・・・が 」
 
 
 震えを押さえるように。
 ラビが両手を胸に抱えて、小さくうずくまった。
 
 
 「 が・・・それを望んでいるんなら 」
 「 ・・・馬鹿がっ!! 」
 
 
 地中に潜ってしまいそうな身体を、無理矢理引き上げる。
 サルベージされたラビの、驚いた顔。
 俺は、自分の顔を至近距離まで持っていき、気力の無い瞳と向き合う。
 
 
 「 お前は・・・お前は、どこまで馬鹿なんだっ!! 」
 「 ・・・ユウ・・・ 」
 「 が本当に、そんなことを望んでいると思っているのか!? 」
 「 ・・・・・・ 」
 「 エクソシストとして誇り高い彼女が、そんな死を願っていると!? 」
 
 
 は、光だ。
 
 
 気難しい俺にも、悲しい過去を持ったモヤシにも、
 独りだったリナリーにも、重責に耐えるコムイにも・・・そして、お前にも。
 わけ隔てなく澄んだ瞳で対峙し、どんな相手の心も優しく包み込んで受け止めた。
 人柄だけでなく、彼女は戦闘においても強かった。
 誰もが愛し、尊敬したに一番近い男が、彼女を貶めるなんて・・・!
 
 
 「 甘えるのも、大概にしろ!を・・・誰よりも大切に想ってるんだろ!? 」
 
 
 そう言うと。
 ラビの瞳に・・・次第に”彩り”が戻っていくのがわかった。
 俺が手を放しても、今度はフラつかず、床にしっかり足をつく。
 
 
 「 へっ・・・カッコ悪ぃな、オレ・・・ 」
 
 
 ・・・・・・もう、心配は要らないだろう。
 
 
 「 とっとと行け。は、自分の部屋でお前を待っている 」
 「 ・・・サンキュな 」
 
 
 ラビは、椅子にかけてあった団服をひっかける。
 そしてそのまま、部屋を後にした。
 彼の起こした風に、結った髪が後ろ髪惹かれるようになびいた。
 
 
 
 
 
 
 ・・・これでいい。
 も、ラビの声を聞けば・・・きっと”戻ってくる”ハズだ。
 彼女と共に”微笑み”があることこそ、俺の幸せだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 たとえ・・・・・・隣にいるのが俺じゃなくても
 
 
 
 
 
 
 
 
 風が止んで
 
 
 流れていた黒髪が、元のように俺の肩を飾った
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ・・・危うく、ラビユウになるかと思いました(滝汗)
 
 
Material:"君に、"
 
 
 |