・・・・・・光


 薄っすらと開いた視界に入った、金色の一線。
 うっとりと、しばしそれを眺めていた・・・。
 ほう、と吐いたため息は気泡となり、目の前に浮かんで、沈んでいった。
 ようやく・・・私は、周囲に目を凝らす。


 右手に巻きついた、白い糸。
 左手に巻きついた、白い糸。


 ・・・気泡は、確かに”沈んで”いった。
 振り返らなくても、解る。
 ”其処”で待つものは・・・・・・最悪の結果。
 蜘蛛の糸のようなそれは、私をかろうじて支えているように思える。
 絡み付いて、底へ、底へと沈んでいくのを止めているような・・・。
 糸の先は・・・空から射す、光の向こう側。


「 ・・・み、んな・・・ 」


 無数の糸は、想いのチカラ。
 コムイさん。リナリー。ユウ。ブックマン。アレンくん。
 一人一人の顔が、浮かんでは消えていく。


「 ・・・・・・ラ・・・・・・ 」


 唇がかたどった言葉は、小さな泡になった。
 透き通った泡の表面に映った、赤毛の彼。
 泡かと思ったそれは・・・私の涙だった。




 逢いたい。


 でも逢えない。




 フラッシュバックした過去を閉ざすように。
 私は涙溢れる顔を、覆った。




 逢いたい。


 でも逢えない。






 ・・・でも、でも・・・






 視界がゆらゆらと揺れるように、心も波風を立てる。
 いつもなら、こんなマイナス思考、乗り越えられるハズなのに。
 

 何かが・・・何かが、足りないの。
 私の背中を押してくれる・・・貴方の手が欲しい。
 貴方から顔を背けて、私はこんな処にいるのに。
 それでも・・・求めてしまう、弱い私を許して。






 ・・・瞬間
 



 頭上の光が・・・一際、輝きを放った














満天の星




the innumerable stars in the whole sky



第 4 章








「 どこへ行くのだ? 」


恐ろしく静まり返った、昼下がりの廊下で。
背後から声をかけてきたのは、予想通りの人物。
・・・きっと、来るだろうと思っていた。
覚悟を決めていても、どれだけ一緒に過ごそうと、拭えない緊張感。


「 ・・・ジジィ 」
「 まさかとは思うが・・・のところではあるまいな 」


黒く縁取った独特のメイクの中で、双眸が光った。
俺は、後ずさりしそうになった一歩を、何とか踏みとどまらせて。
対峙する。
・・・けれど、逃げられるものなら、今すぐ逃げてしまいたかった。


「 その”まさか”さ。俺は、に逢いに行く 」


少しでも気を緩ませると、奥歯がガチガチ鳴りそうだ。
ブックマンが、一歩、俺へと踏み出す。


「 ・・・必要ない。お前には、もっとすべきことがあるだろう 」
「 必要さ!!今、一番俺にも彼女にも必要なコトなんさ!! 」


昔も今も、そう。
” ブックマンとしての使命を忘れるな ”
師が俺に諭すのは、ただひとつのこと。
俺だって・・・教団に所属する前は、それが自分の”唯一”だったさ。






だけど、見つけてしまった・・・


大切なもの、大切なヒト
セピア色の日々が、ハッとする程色づいて、宝物になる
固執してはいけない、というルールに背いて
数多の中から・・・・・・その手を、選んでしまった






「 そこをどいてくれ 」
「 ならん!お前は”ブックマン”だ。常に傍観者であれ、と教えたハズ 」
「 ああ、俺は”ブックマン”さ。でも・・・!! 」


と、そこで言葉に詰まる。
” 俺だって、ひとりの人間さ ”と言えたら、どんなに幸せなことだろう。
その幸せは、”ブックマン”としての人生を選んだ時に捨ててしまったもの。
ブックマンは、ため息を吐いた。


「 ・・・冷静になれ。神田に何を言われて熱くなったのか知らないが・・・ 」


” を・・・誰よりも大切に想ってるんだろ!? ”


あのユウが、髪を振り乱して叫んでいた。
・・・俺とは、恋人同士でない。
戦場を駆け抜けるエクソシスト、それを記録するために存在するブックマン。
命の瀬戸際に、大切なものが少しでも少ないように。
未練が残らないよう務めるのも仕事のうち。
エクソシストとブックマンのカップルなんて、ナンセンスなだけさ。


それでも・・・を想うココロは、変わらないから。


「 ・・・ジジィ、やっぱり通してくれ 」


”ブックマン”としての使命も、捨てられない。
だから、俺は俺のやり方で・・・人並みの幸せを掴んでみせる。


「 ラビ! 」
「 決めたんさ。は、俺が護るって 」


愛しているから。どんなに批判を受けようとも。


俺は、一歩踏み出す・・・もう一歩、そして、もう一歩。
ブックマンは動かなかった。
諦めたのか、あまりの怒りに動けないのか。その表情は読めない。


「 ・・・・・・・・・ 」


すれ違う。
ブックマンは、何も言わなかった。俺も、振り向かなかった。
理解してくれたわけではない。ただ、見逃してくれただけ。
・・・今は、それだけでも充分だ。


いつの間にか駆け足になり、ついには走り出す。
が、俺のことを待っているワケなんてないのに。
それでも、呼ばれているような気がした。気のせいでも良かった。






俺が・・・・・・に逢いたいのだから

















の部屋は、南東に位置する小さな角部屋。
2メートル手前までやってきた時、誰かの気配がした。
教団内の人間だとわかっていたのに、反射的に気配を殺した。
・・・第六感が疼く。嫌な予感だ。


「 僕は、貴女を愛しています 」


少年の告白。
アレンだ、と思った瞬間・・・ざわり、と心に闇が生まれた。
止められない。渦を巻く。
落ち着け、と念じれば念じるほど、落ち着きがなくなっていく。
どこかで、小さな音がした。それが自分の足元だと、気づきもしなかった。


「 僕は・・・ラビよりも、ずっとずっとが好きです 」


アレンの挑戦状に、俺は決意する。
彼もエクソシストだ。とうに、気配はバレている。


「 ・・・アレン 」


久しく訪れていなかった彼女の部屋。
一瞬、共に過ごした幸せな日々が、走馬灯のように脳裏を過ぎり・・・。
俺は、ベッドに鎮座する愛しいヒトの姿に、釘付けとなる。




・・・・・・・・・・・・




『 ラビ 』、と。
ハリのある声で、俺の名前を呼んでくれたは、そこにはいない。
何もかもあの一瞬に、あの場所に、置いてきてしまったかのよう。
ぬけがらのような彼女に・・・愕然としてしまった。


「 何か用ですか? 」


と、アレンは微笑む。
俺が何故ここにきたか、知っていて聞いているのだ。
・・・アレンの想いには、とうに気づいている。
宣戦布告、なんて夢のまた夢だと思っていた。
”ブックマン”としての使命が、何度も邪魔してた。
でも・・・今、彼女から離れてしまったら・・・
二度との手をとることは出来ない。




誰よりも・・・自分の運命よりも大切なヒトの手を・・・!!






「 は・・・だけは!アレンに譲れないんさ!! 」






アレンの唇が・・・・・・華麗に、弧を描いた









( 自分の、本当のキモチだけには嘘を付けないと、知ったから・・・ )






今回のエピソードは入れるか迷いました。ラストまであと2話!

Material:"君に、"