天上の光が、私を照らす。
 

 私は思わず、あまりの眩しさに目を細めた。
 けれど、瞑った瞳にまで射し込んで、身体の隅々まで満ちていく。
 

 ・・・・・・光、が・・・・・・
 







 『  』
 







 脳裏を過ぎった、彼の声。
 呼ばれた気がして・・・私は、瞳を開く準備をする。
 ゆらゆらと漂う、浮遊感。
 水底にいるようで、心地良くて、本当は目を覚ましたくなかった。


 それでも・・・想い出して、しまったから。
 アルバムを紐解くように、蘇るめくるめく日々。
 そして、あの日何が起こったかを。
 私は、どうしてこんなところにいるのか、とか。
 思考に波風を立てる赤毛の彼を、どんなに想っていたか、とか・・・。


 還らなきゃ、と思った。
 還って、貴方に逢わなきゃ、と思った。
 どんなに辛くて、悲しいことがあっても、貴方のそばにいなきゃ。
 そうじゃないと・・・貴方は、自分を責めるでしょう?
 ( そんな貴方にも惹かれているのだけれど )
 







 何より、私自身が・・・貴方に、逢いたいから・・・








 光が、収縮していく。
 頃合を見計らって、私はゆっくりと目を開けた。
 ・・・そこはもう、先程までいた”世界”ではなかった。
 部屋を照らす優しい陽の光。
 窓際のカーテンが、ゆらゆらと揺れている。影が、風にあわせてダンスする。
 レースのついた、黄緑色のベッドカバー。少し遠くにあるのは、使い古したタンス。
 どれもこれも、見覚えのある・・・
 

 ・・・ああ、そうか・・・私、ようやう還って来れたんだわ
 







 「  」
 







 先程のような、曖昧な声じゃない。私は、弾かれたように顔を上げる。
 目の前に立っている、対峙したような二人の姿。
 背を向けている、小柄な白髪の少年は・・・アレン。
 

 ・・・そして・・・
 

 彼の名前を呼ぼうとしたのに、声が出ない。
 伸ばそうとした手が、動かない。
 まだ・・・手首に、糸が残っているような感覚。
 自分が、未だあの”世界”に捕らわれていることに気付いた。
 



 「 だけは!アレンに譲れないんさ!! 」
 



 まるで操者の存在しない、マリオネットのように
 








 ・・・私は、力なくその光景を見つめるしかなくて・・・














満天の星




the innumerable stars in the whole sky



第 5 章








「 譲れない、といっても・・・彼女は、誰のものでもありませんよ 」


 僕は余裕そうに答えて、微笑んだ。
 その様子が嘲笑に見えたのか、ラビはぎりっ、と奥歯をかみ締めた。
 握った拳が、痛々しそうだった。そして、吐き出すようにして呟く。


「 ・・・そうさ。オレもアレンも、にとっちゃただの同僚なのかもしれない 」


 そのセリフに、思わず溜息を吐きそうになって、こっそり左手を唇に当てる。
 ・・・ラビの本心だとしても、あまりに滑稽で。






 はっきり言って、二人は相思相愛だった。


 ラビを呼ぶ、彼女の声が教団に響く。
 すると、どこか冷めたようなガラスの緑瞳が、一瞬だけ鮮やかに光る。
 は元々、感情が顔に出やすいタイプなので、頬を染めてラビに話しかける姿は
 誰が見ても・・・ラビに恋心を抱いているのがわかった。
 ( 僕がこの世で一番キライな、彼女の笑顔 )


 けれど・・・・・・二人が結ばれるには、障害が多すぎた


 ブックマンとエクソシスト。
 お互いの立場を考えれば、確かな約束なんて、幻に等しい。
 ・・・僕は知っている。
 が一人でこっそり隠れるようにして、泣いていた姿を。
 泣き腫らした瞳で、何度も僕に微笑むのを。
 ( 好きな人一人救えなくて、何が魂の救済だ、と、はがゆかった )






「 同僚だろうと何であろうと、ラビはを泣かせました 」


 そのセリフに耐え切れなかったのか、ラビは視線を床に移す。
 追い立てるように、言葉を重ねる。


「 を泣かせるような人に・・・彼女を、幸せにする権利があると思うんですか? 」
「 ・・・アレン 」


 奪ってしまえば良かった。
 こんなに傷ついてしまう前に。自分の殻に閉じこもってしまう前に。
 どんな手を使ってでも、と実行していれば、今の彼女を見なくて済んだのかもしれない。
 ・・・そう自分を責めては、心の中で後悔が憎悪に変わっていくのがわかる。


「 ラビに、を幸せにすることは出来ません!! 」
「 聞いてくれ、アレン!オレは・・・っ 」
「 出て行ってください 」
「 聞けって!! 」


 ビリ、リ・・・ッ!!


 空気が鳴った気がした。
 あまりの気迫に、さすがの僕も口を閉ざす。


 ラビを・・・見た。
 ちょっとだけ泣きそうな顔で、眉間に皺を寄せて。
 瞼が瞳を覆い、昂りを落ち着かせるかのように、大きく息を吸って・・・吐く。
 対峙した彼の瞳には、大きな決意が宿っていた。


「 オレ、が好きだ 」


 そう言った彼は、今までにない清々しい笑みを浮かべた。
 何かを・・・振り切ったような・・・。


「 ・・・ラビ 」
「 世界中の誰よりも、を、幸せにしたいんさ・・・俺の手で 」


 それが、欺瞞だとしても。
 愛する人を幸せにすることに、何の理由もいらない。
 微笑っていて、欲しいから・・・ただ、微笑っていて欲しいだけだから。


「 俺の手はちっぽけで、を幸せに出来るかわからないけれど・・・
  と、アレンに・・・オレの気持ち、一番に理解って欲しいんさ 」
「 ・・・と、僕に? 」
「 そう、アレン・・・お前に 」


 こくん、と頷いて・・・。
 ふと逸れた・・・・・・・ラビの、瞳が、見開く。






「 ・・・・・・!? 」






 振り向く。
 ベッドの上に座ったの瞳から・・・雫、が。


「 ・・・涙? 」
「 っ!! 」


 間髪入れずに、ラビが駆け寄る。僕も慌てて、その背を追う。
 輝く宝石が、ベッドカバーに染みを作っていく。
 僕らは、雫のルートを辿るように、恐る恐る覗き込んだ。


「 ・・・ 」


 待ち焦がれた太陽を仰ぐ、向日葵のように。
 うな垂れていた首が、ゆっくり、ゆっくりと伸びていく。
 ラビの声に反応して、その瞳に・・・鮮やかな、色彩が蘇る。
 ( それは、逆の立場だった二人を想い出すには充分な光景で )






「 ラビ 」






 優しい音色。鈴の音のような、彼女の声。
 反射的に、両手で自分の口元を覆う。でないと、叫んでしまいそうだった。
 彼女の名を呼んで、抱き締めたい衝動に駆られる。




 ・・・・・・けれど


 僕の役目は、ココまでです




 僕に背を向けている、ラビの表情はわからない。
 泣いているのか・・・その肩が震えていた。
 差し伸べたかった左手を、理性の右手が押さえる。
 1秒でも先延ばしにすればするほど、きっとこの部屋から出られなくなる。
 ( 彼女を求めているのは、僕も同じだから )


 だから・・・・・・今


 僕は踵を返すと、足早に扉へと向かう。
 そして、閉じようとする扉の隙間から、一瞬だけ見えた・・・絵画のような二人。
 ・・・寄り添って、それは、幸せそうに。






 パタン・・・






 乾いた音が、視界を閉ざす。
 薄暗い無人の廊下が、目の前に伸びていた。幻でも見ていたような気分。


「 ・・・・・・ 」


 吐きそうになった溜息を飲み込む。
 座り込みそうになった膝を、ぱん、と叩いた。
 

 もう一息、だ。こんなところで・・・啼く、訳にはいかない。










 嘆きに、震える身体を抱き締めて




 僕は・・・・・・真っ直ぐ、光の射す方へと、走り出した









( 限りあるまたとない永遠を探して 最短距離で駆け抜けるよ )






Material:"君に、"