・・・・・・ああ、子供が・・・が、泣いている・・・・・・
まるで幻を見てるような・・・浮遊感を感じながら、私は彼女の名を呼ぶ。
・・・どこだ?どこで、泣いているのだ?
泣き声が不快でないのは、その娘を好いているからだ。
幼心に芽吹いた淡い恋心は・・・10年経った今も、この胸に息づいている。
とうの本人は、もう、幼い『 あの頃 』など、忘れてしまっているだろうが・・・。
( 寂しい、とは思わない。これが、年月が経つということだろうから )
「 三成・・・ごめん、ね 」
その声に、弾かれたように現実に引き戻される。
泣いていた頃とは想像もつかないくらい、大きくなった制服姿の彼女が、
私の背中の上で、珍しく弱気な声で言った。
・・・まあ、あれだけ無様な姿を見られれば、しおらしくもなるだろう。
( こいつが、いくら図太い神経の持ち主とはいえ・・・ )
『 お願い!!放課後、付き合って! 』
と、有無を言わさず腕を引かれ、連れて行かれたグラウンドで
( 何故私がッ!と断固拒否したが、に繋がれた掌を振り払うことが・・・出来なくて )
サッカー部の練習を、二人で遠巻きに眺めていた。
最初は、何故ココなのかわからなかったが・・・どこからか、ひとつのボールが転がってきた。
それを拾いに、一人の部員が駆け寄ってきた時、隣にいたの肩がビクン!と震える。
ボールに驚いたのかと思った私は、彼女に寄せ付けないようにと、軽く蹴ってやる。
受け取った部員が、軽く頭を下げて去っていき、の元へと戻ると・・・。
『 ・・・・・・? 』
『 み・・・つな・・・ 』
ああ・・・そういうことか・・・。
真っ赤に頬を染めて、照れたように笑う顔が愛らしい・・・悔しい、ほどに。
道化もいいところだ。彼女が見ているのは、ボールでも、私でもない。
その視線の先に・・・私は、居ないのだ。
照れ隠しに『 か、帰ろうか! 』と立ち上がった拍子に・・・・・・彼女は転んで、捻挫した。
「 ねえ、三成、あの、ごめん、ってば・・・ 」
「 ・・・・・・・・・ 」
あまりに無言を貫くので、彼女も少し意地になってきたのだろう。
俺に応えて欲しくて、おぶってやった背中で、暴れ始める。
ねえ!を連発し始め、私の髪の毛をぐしゃぐしゃにした挙句、終いには後ろから頬をつねる。
( ・・・この時ばかりは、の瞳に映るのは『 私 』だけなのだ )
昔から変わらない傍若無人ぶりに耐えていたが・・・ふと、彼女を落としそうになって、ついにキレた!
「 あ・・・危ないだろうが、貴様ァ!!誰がおぶってやっていると思っているのだ! 」
「 三成ーっ! 」
「 ( この野郎・・・ッ! )大人しくしていろ・・・足、痛いんだろうが・・・ 」
「 ・・・うん 」
一度応えれば、満足したのか( ・・・なら、もっと早く反応してやればよかった )
後ろをちらりと振り返れば、満足したようなの表情。
ぽて、と右肩に顔を埋める。首筋に触れた柔らかい彼女の髪。ふわりと漂う香りに、心が震えた。
「 ねえ・・・勘のいい三成には、きっと、わかっちゃった・・・よ、ね? 」
「 ・・・・・・・・・ 」
どこか探るような( でも、どこか諦めたような )声音で。
の小さな呟きを、この俺が聞き逃すわけがない。
少しの沈黙の後、ああ、応えると、彼女の溜め息が背中から聞こえた。
「 ・・・好き・・・なんだなぁ 」
ドキン・・・と、心臓が跳ねた。
自分へ向けての言葉でないことなど、とうに理解している、それでも・・・それで、も。
「 どうすればいいかなあ。でも、全然接点ないの。私が遠目で見て、一目惚れしちゃっただけで 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 学年違うし、彼女、いるっぽいし・・・勝てるほどの魅力なんて、私にはないし 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 心ん中ぎゅうぎゅうで苦しくて、眠れないしさ・・・もう!!三成ってば、聞いてるの!? 」
「 ・・・聞いている 」
「 じゃあ、答えてよ 」
「 さっさと告白でも何でもしてくればよいだろう。私には、関係のないことだ 」
・・・嘘だ。関係ないことなど、ない。
が傷つくのを見たくない。本当にあの男に彼女とやらがいるのなら、が泣くのは見えている。
その心の隙をつく、なんて真似は、私のプライドが許さない・・・けれど・・・。
けれど、彼女を私のものに出来るなら・・・などと考える、浅はかで卑怯な自分もいて・・・。
認めたくない、こんな自分・・・でも、認めれば楽になれる。それは甘美な誘いだった。
「 そんなこと、言わないでよ、三成 」
むっとしている、というより、悲しそうに。
「 私、三成だけに・・・三成にしか、甘えられないんだもの。小さい時からずっと一緒に居たから・・・ 」
「 ・・・・・・、ならば、 」
「 どんな『 私 』でも、三成は私を見捨てないじゃない・・・本当は、すごく感謝してる 」
・・・ならば、選んでくれ、私を。
「 ありがとう・・・三成・・・ 」
お前が、好きなんだ。もう10年も前から、ずっと・・・。
私が『 彼女が欲しい台詞 』を言ってやらなかったように、彼女も『 私が欲しい台詞 』を言うことはなかった。
の唇はもうそれ以上、何かを紡ぐことはなかった。聞こえるのは、小さな寝息だけ。
・・・よく、迷子になって泣いている彼女を見つけては、こうしておぶってやった。
だからかもしれない、は本気で心を許してくれているのだ・・・・・・家族、のように・・・・・・。
『 三成 』
そう私を呼んでくれる彼女の声は、今も近くに在る。
だけど・・・泣いていた、小さな子供だった『 』は・・・もう居ない。
気がつけば、あの頃から立ち止まったままの私など、とうに追い越して走って行ってしまった。
告げることなどない・・・ただ、抱えているだけだった、私の『 気持ち 』など・・・。
完全に眠ってしまったの身体を、背負いなおして
置き去りにしてきた気持ちと、もう一度向き合うために・・・家路を急いだ
ただわたしが
ひとりになってゆくだけ
( 向き合えた時、私は変われるだろうか。に、告げることは出来るのだろうか )
Title:"わたしのためののばら"
Material:"七ツ森"
アンケートにあった『 もっとみっつんを! 』の声にお応えした、つもり、ですw
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