「 ふえ、や、だぁあ!り、陸遜、嫌って、んっく、あれだけ私、言った、っ、のに・・・!! 」
「 ・・・一応、の意思は確認しましたし、お互い合意の上だと思ったのですが 」
「 だ、だってぁ・・・うぅ、んく、ひッ・・・あ、ああぁッッ!!やだ、やだ、り、陸・・・! 」
「 うッ・・・っ!そ、そんなにきつくしめたら・・・ッ!! 」
「 い・・・いやぁああああッッ!! 」
の『 臨界点 』を突破したらしい。
彼女はルールを破って走り出すと、ゴールは意外にもすぐ傍だったらしく、目の前の扉を開けた。
景色は一転し、暗闇から本物の陽の下に出ると、そこで力尽きる。
後から咳き込む喉を押さえて出てきた陸遜が駆け寄り、彼女の背を撫でた。
「 ごほ、っ・・・、大丈夫ですか? 」
座り込んだの腕を引いて、近くのベンチに座らせた。
身体を震わせた彼女は、陸遜の胸に縋ってわあわあと泣きじゃくっている。
・・・余程怖かったのだろう。噂には聞いていたが、これほど怖いお化け屋敷だとは・・・。
ちょっとだけ接近できれば良いと、あわよくばこうして遠慮なく触れたい、という思惑で誘ってしまったが。
「 ( これは、可哀想なことをしました・・・ ) 」
入る前は『 ホラー映画はほどよく見れる 』と豪語していたけれど、並んでいる間に怖くなったのか。
建物の中から聞こえる悲鳴に青褪めながら『 怖くなったら、裾でいいから掴まっていい? 』と言い出し・・・。
最終的には、抱きつくと同時に首をぎゅうぎゅうとしめてきたので、陸遜も無事ではなかった。
喉の痛みは取れてきた。が、泣いているはまだ陸遜を抱き締めて離さなかった。
彼女に気を遣いながら、ようやくバッグの中から飲み物のペットボトルを取り出す。
、と優しく声をかければ、泣き声を弱めて、少しだけ顔を上げた。
「 烏龍茶、飲めますか?少し飲むと、気持ちも落ち着きますよ 」
「 ・・・・・・・・・ 」
しばらく考えてから、こくりと頷く。陸遜は、強張った身体を起こす手伝いをする。
ベンチの背もたれに、ぐったりと身体を預けた彼女はペットボトルを傾けて・・・止まった。
「 どうしました?? 」
「 ・・・だ・・・だって、これ、陸遜の・・・ 」
ただでさえ泣き腫らして真っ赤な顔が、更に赤くなる。
ぷっと吹き出したいのをこらえると、陸遜は首を振った。
「 細かいことは、今は気にせず。ね、まずは飲んで、落ち着かせましょう 」
「 う、うん・・・いただきます 」
「 はい、どうぞ 」
こく、と彼女の喉が動くのを見届け、心の中でガッツポーズ。
間接キスなんて子供じみた、と思ってた以前の自分を蹴飛ばしてやりたい。
の眉間の皺がようやく薄れ、大きく深呼吸をした後にありがとう、とボトルを返してきた。
どういたしまして、と受け取ったはいいが、すぐ仕舞うのは躊躇われる。
疼く気持ちはあるが・・・さすがに、に嫌われたくない。
「 ( 『 彼ら 』の目もありますし、ね ) 」
自分を納得させるように頷く彼を、不思議そうに見つめる。
はで・・・酷く、落ち込んでいた。
「 ( どうしよ・・・呆れられちゃった、かな・・・ ) 」
大丈夫だと思ったのに。陸遜の言うように、合意の上でお化け屋敷に入ったのに。
あんなにみっともなく・・・とても大学生には思えないほど、泣きじゃくってしまうなんて。
ただでさえコーヒーカップで迷惑をかけたばかりだ。これ以上失敗しないように、なんて思った矢先だった。
「 ( そ・・・れに、あ、あの、あれって間接キス・・・になるんだよね・・・? ) 」
陸遜は自分のバッグから取り出していた。が抱きついた為に、新しいのを買いに行けなかったからだ。
それはわかる、わかる・・・けれども。ってあああ、ダメ!彼は私を慰めるための行為なんだからっ!!
意識してしまうから、余計の視線は陸遜の唇へと、つい向けられてしまう。
パンフレットを眺める横顔を見ていても、バッグにボトルを仕舞う時も、心配して語りかけるくる時も・・・。
は・・・自分の唇を押さえて、俯く。自分の心が騒ぐ理由なら、わかってる。
だって、だって私は、卒業前から陸遜の、こと・・・・・・。
「 ・・・・・・、? 」
「 えっ、あ・・・ 」
「 どうしました?まだ気分が悪いのなら、もう少し休憩しますか? 」
「 う、ううん。もう、へ、平気・・・ごめんね、ちょっとぼーっとしちゃった 」
えへへ、と曖昧な笑いを浮かべると、彼はまだ心配そうな面持ちをしていた。
だがの意思を尊重しようとしてくれているのか、では・・・とパンフレットを広げた。
指差した場所に彼女が頷く。陸遜はにっこりと笑い、の手を取った。
・・・すっかり、手を繋ぐのにも慣れた。
在り来たりかもしれませんが、と思いつつも、陸遜が最後に選んだアトラクションは観覧車だった。
何より、此処が一番・・・『 彼ら 』の視線から逃れやすいのである。
夕陽が沈む水平線を一望できる観覧車は、この遊園地の目玉アトラクションの一つ。
30分ほど並んだけれど、これも陸遜の計算のうちだ。ちょうど沈む頃、自分たちは天辺にいるだろう。
内心ほくそ笑む黒い心も、の喜び様を見ているだけで薄らぐような気がする。
「 綺麗・・・ 」
感嘆の溜め息と共に、が呟いた。
その瞳がオレンジ色の光を浴びて輝いているのは、横顔からも解る。
「 、隣に座ってもいいですか? 」
「 え・・・だ、だめだよ、傾いちゃ・・・ 」
「 私一人の体重くらいで、観覧車は傾きませんから。貴女の、隣にいたいのです 」
「 ・・・じゃ、あ・・・どう、ぞ・・・ 」
が恐る恐る端により、陸遜は空きスペースに腰掛ける。
未だにビクビクしたままの彼女の肩を抱いた。急に大胆になった行為に、は小さく震える。
「 もっと早くこうしたかったのですが、意外にしつこくて・・・ 」
「 ・・・な、何のこと?? 」
「 いえ、こっちのことです・・・ああ、やっぱりこちらから見た海のほうが綺麗です 」
「 そ、そう?変わらないと思うんだけど 」
「 隣にがいるだけで、見える景色も変わります。貴女が見る景色を、私も見たいと思うのです 」
陸遜の言葉に、夕焼けの中でも解るほど、の頬が染まる。
うろうろと視線を彷徨わせ、膝の上で握った拳に落ち着いたが・・・その拳を、大きな掌が覆った。
「 り・・・りく・・・ 」
ドキドキ、する。重ねた掌から、心臓の鼓動が伝わってしまいそうで、怖くなる。
身じろぎしてしまえば、その掌が離れてしまうんじゃないか、と思えば思うほど動けなくて、焦る。
もう、ダメだ・・・と、がぎゅっと目を瞑った時だった。
いつの間にか近づいていた陸遜の唇が、頬を掠めて、耳元に吐息と共に甘く囁く。
「 好きです 」
・・・息が、止まった。
自分の胸がびっくりするほど脈打つ音しか聞こえない。なのに、世界はとても静かだと思った。
陸遜の吐息も、衣擦れの音も、すごく小さいものなのに不思議と耳に入ってくる。
しばらくすると、彼は身体を離して、と向かい合うとゆっくりと微笑んだ。
「 ・・・う、嘘・・・ 」
「 嘘じゃないですよ 」
酷いなあと苦笑するけれど・・・だって、先に好きになったのは自分のはずだ。
あの雨の日、初めて会話した時、今でも思い出すと後悔するくらい最低で。
卒業式の後に、彼が気まぐれに見舞いに来てくれなかったら、と思うと・・・頭を抱えたくなる。
「 ( あと、少しだけって・・・そう思ってきたから )」
陸遜は一流の有名大学に通っていて、は平凡な女子大学だ。
高校時代からルックスでも頭脳でも名の知れていた彼が、大学という広いステージで噂にならない訳が無い。
こうして時々逢ってくれているのは、今のうちだけ。いつか・・・手の届かない存在になる。
過ごす時間が増えれば増えるほど、別れが近づいているようで、はずっと怖かった。
だから、あと少しだけ。あと少しだけ一緒に居られたら・・・私、それ以上は望まないから、って・・・。
「 それでは私が足りません。貴女が嫌というまで、手放す気など毛頭ないのですから。
どちらが先に、というのを気にしているのなら、が想ってくれた分以上に私は貴女を愛したい 」
「 り・・・陸、遜・・・ 」
「 好きです、。どうかこれからも、私の・・・一番傍に、いてくれませんか 」
の拳に置かれた陸遜の掌に、力が篭った。
触れられると、体温が一度上がったように思える・・・だけど、彼を離す気なんてにだってなかった。
掌の中でもぞもぞと動くので、陸遜は自分の手をどけようとする。
それを素早く捕まえるの手。指を絡めて、きゅっと握ったら思った以上に力が入ってしまった。
陸遜が、俯いたままの彼女を見つめると、こくり、と上下に頷いた。
「 ・・・・・・はい・・・・・・ 」
それが何の為の頷きで、どんな問いに関しての答えなのか・・・わからない陸遜ではなかった。
ちょっとだけ勇気を出して、繋いだであろう手を引き寄せて。
本当はもっと力任せにしたいのを必死に堪えて、陸遜は控えめに彼女を抱き寄せた。
「 ありがとう、ございます 」
御礼を言いたいのは、私の方なのに。
そう思ったがの胸は一杯で、言葉はひと粒も音にならなかった。
Love Me Tender
// 中 編 //
( リアリティなさ過ぎ・・・陸遜が私のこと、好きになってくれるなんて )