随分景色が降りてきた、と気づいたのは、彼がを解放してからのことだった。






 夕焼けはとうに沈み、見たことすら曖昧な記憶になっている。
 元気いっぱいの係員のお姉さんが扉を開き、陸遜に手を引かれながらは地面に降り立った。
 たたっ、た・・・とぼんやりとして足の止まってしまった彼女に微笑みかける。


「 さ、、行きましょうか 」
「 ・・・うん 」


 どこへ、とは聞かなかった。だって、正直どこでもよかったし・・・陸遜と、いられるなら。
 ふわふわとした足取り。ダメだ、まだマシュマロの上を歩いているみたいなカンジがする・・・。
 気を引き締めなきゃ、とショルダーバッグをぎゅっと握った。
 しかし突然、あ、と呟いた彼が足を止める。


「 申し訳ないのですが・・・ずっとひっかかていたことがありまして 」
「 ひっかかってた、こと?? 」
「 ええ・・・、ちょっといいですか?? 」


 ずずいっと近づいた顔に驚くが、陸遜はの耳に手を当ててひそひそと呟く。
 そして手を取り合った2人は・・・急に、駆け出した。
 その瞬間、彼らのいた位置よりだいぶ離れてはいたが、設置アトラクションの柱から飛び出す影があった。


「 あっ!待ちやがれ、あいつらっ!! 」
「 ちょ・・・待つのはお前だ、甘寧!ここでバレたら陸遜の思うツボ・・・ 」
「 もう、すっかりどツボに嵌ってくれたようですけどね、甘寧殿、凌統殿 」
「 か・・・甘寧!!凌統くんまで! 」


 何やってんのッ!?という、の驚いた声に、凌統と甘寧は顔を見合わせた。
 どうやら自分たちを誘き出そうと、陸遜とはわざと走り出してこちらの出方を伺っていたようだ。
 バレては仕方ない・・・と、諦めたかのように、柱からその巨躯を現す。
 あんぐりと口を開いたを見て、あー・・・と頭を掻いたのは凌統だった。


「 とりあえず、久しぶり。元気にじょしだいせーやってる?? 」
「 ま、まあね、それなりにってところ、かな 」
「 うん、ならいいや。今度合コンのセッティングするから、一緒に幹事やろうぜ。それじゃ 」
「 それじゃ、じゃないですよ。この私がすんなり帰すと思っていたのですか? 」


 うーん、そこを何とか?ってカンジかな、と凌統が苦笑する横で。
 に首の根を掴まれた甘寧は、まるで大きなネコのように背を丸めてお説教を食らっていた。


「 だーから悪かったって!覗き見っつーか、ホラ、長年見守ってきた俺たちとしては心配だったってワケ 」
「 覗き見以外の何だって言うのよ!?か、甘寧に心配されなくても、別に、わ、私たち・・・ 」
「 ほほー、とうとうくっついたのか!と陸遜 」
「 なッ・・・! 」


 ぽんっ!と音を立てるほど真っ赤に噴いたの表情を見て、甘寧がニヤリ。
 隣で睨みあっていた陸遜と凌統も、大きく溜め息を吐く。
 陸遜は、両頬を抑えて毛を逆立てるの腰を引いて抱き寄せた。
 突然のことに、当の本人と凌統、甘寧も、お!と声を上げた。


「 ご覧の通り、おかげ様で付き合うことになりましたので、貴方がたが心配することは何もありません 」


 凌統と甘寧がちら、とへと視線を投げる。
 至近距離に迫った顔と、恐らく彼の首元の肌に接しているであろうおでこに、の全神経が集中している。
 嬉しいのと恥ずかしい気持ちで半パニックになった彼女は、なかなか2人の視線に気づかなかった。
 、とこっそり促すような陸遜の声に、はっとしてコクコクと頷いた。


「 でもよ、俺ら見てないぜ?どこでそんな雰囲気になったんだ? 」
「 との甘い逢瀬を、何故お2人に見せ付けなきゃいけないんですか。勿体無くて見せられません 」


 訝しげな表情を浮かべた甘寧を、陸遜がぴしゃりとねじ伏せる。
 そしてに、すみません、とそっと耳打ちした。展開に追いつけずにいたを、更に引き寄せて、


「 それとも・・・私たちがホテルで抱き合うまで着いて来るつもりですか?何と、これは無粋な 」


 と挑発的に言い放つので、さすがに甘寧と凌統もたじろぐ。
 陸遜は口元を緩めたものの・・・には後でちゃんと謝っておかなくては、と思った矢先に。
 腕の中のが陸遜の首へと手を回した。驚愕に、目が見開く。


「 そ、そうよ!陸遜はもう、彼氏になったんだもん!ラブラブだ、もんね!! 」


 ラブラブって、お前・・・と周囲はげんなりとなるが、は必死だ。
 その証拠に、巻きつけた腕がお化け屋敷以上に陸遜を苦しませるが、驚きが勝った。
 あ・・・改めて『 彼氏 』と言われると、何だかこそばゆい・・・。
 の不意打ち発言に素で赤くなった陸遜を見て、とうとう凌統が降参と両手を挙げた。


「 はいはい、じゃーあとはごゆっくり。合コンの件はまた連絡するし。行くよ、甘寧 」
「 はぁッ!?・・・ちっ、まいっか。じゃーよ、お2人さん。またな 」
「 ま、またね!凌統くん、甘寧!! 」
「 もう二度と覗き見なんて趣味の悪いこと、しないでくださいねー 」


 大きく手を振るの横で、陸遜がべっと舌を出している。
 苦笑した凌統は彼女に向かって手を振る。歩きながら、ふと甘寧が言った。


「 考えてみたら、いくらデートを見守るとはいえ、男2人で遊園地って不毛だな 」
「 ・・・それを言うな 」


 本気の恋なんて面倒だが、あの2人を見ているとそれも良さそうに見えてくるから・・・不思議だ。
 赤くなった陸遜や、どもらなくなったの変化を見て、実った恋を自分のことのように嬉しく思う。
 ま、頑張れよ、お2人さん・・・なんて台詞すら、野暮に思える。あの2人なら心配はない。


 片思いをずっと横で見てきた凌統は、覗き見した『 今日 』を思い返して、満足そうに唇を持ち上げた。














 凌統と甘寧の背中が消えると、はふ、とが長い息を吐いた。
 陸遜が苦笑する。彼女の背中を押して、近くのベンチへと移動し、腰を下ろした。


「 疲れさせてしまいましたね、すみません 」
「 ううん、陸遜のせいじゃないよ・・・持つべきものは、悪友?みたいな 」
「 あんな悪友、願い下げですけどね 」


 言葉とは裏腹に、陸遜はくつくつ笑っている。もつられて笑った。
 朝から夕陽が沈むまで自分たちに着いて来ていたとは恐れ入った。丸一日、観察されていたなんて。
 それも・・・理由は『 陸遜とが結ばれるか心配で 』だ。
 凌統も甘寧も、陸遜に惚れた時から見守ってくれていたから、だろう。そう思うとすごく嬉しかった。
 一人感動していると、、と隣から声がかかった。


「 先程はすみません、見せ付けるように抱き締めてしまって 」
「 や、あの、あれは必然的だったというか・・・っていうか陸遜、謝ってばかり 」
「 そ・・・そうでしょうか? 」
「 うん、謝らなくてもいいのに。陸遜のせいじゃないし、私も、その・・・嬉し、かったし 」


 か・・・彼女なんだなって実感沸いたっていうか、とが照れたように笑う。
 ああ、可愛い。陸遜の中でぽっと淡い明かりが灯り、風を受けたように揺れた。
 揺れに合わせて、陸遜の身体もぐらりと傾く。の額、目掛けて。
 が我に返る前に、唇が離れた。いつもより近い彼の唇が、ゆるりと弧を描くのを見て・・・染まる。
 俯きそうになる彼女の頬を捕まえて、陸遜は自分へと近づけた。


「 り・・・陸遜、みんな、見てる 」
「 見てませんよ。日が沈んで、外灯もここまで届きにくいですから。そういうベンチを選びましたし 」
「 ・・・・・・! 」
「 ふふっ、でも謝りません。だって・・・ 」






 キスしたくて堪らないんです。だって、そうでしょう?






 彼女の瞳が一際大きく開いて、潤んで、逸らすように端へと動いた。
 陸遜はそんな彼女の様子を一部始終を見守っていたが、頬の手を離すことはなかった。
 ゆっくりと持ち上げて、確認するように見つめ合う。


「 キス、してもいいですか? 」
「 ・・・はっ、恥ずかしい、からッ!確認しなくていい、し!! 」
「 おや、そうですか。では次回からは『 なし 』ということで 」


 は何か反論しようとして口を開いたが、言葉は甘い吐息に変わった。
 人生史上初めてのキスは・・・とにかく、必死で。今時、初めてだなんて悟られたくなかった。
 だけど、陸遜はお見通しだったのか、どうしていいかわからず置き去りのまま震えていた手を握り締められた。
 怖がらなくていいんですよ、とでも言うように。実際、彼のリードはとても優しかった。
 告白の時以上にぼんやりとした意識の中で、陸遜に抱き締められる。


「 好きです、 」
「 私も・・・好き、です 」


 そういえば、自分から想いを告げるのは初めてだ、と思った。
 はっきりした言葉が貰えらた嬉しさからか、抱き締める腕が少しだけ強くなる。
 幸せだ・・・ああ、すごく幸せ・・・との胸をじんわり温める熱を感じながら。
 肩を抱いた陸遜が、思い出したように呟いた。


「 ホテルで抱き合う、という時には、さすがにもう一度確認しますから 」


 と言ってのけたので、は再び毛を逆立てて暴れようとした。
 それもこれも全部陸遜に受け止められると、を胸に閉じ込めた彼の瞳が煌いた。






「 覚悟、していてくださいね・・・この陸伯言、全力で貴方を愛しますから 」






 これじゃあまるで愛を告げられているというより、宣戦布告だ。


 怒りや恥じらいを通り越して、が吹き出すと、彼も頬を染めて微笑んだ。
 突然の上空の音に2人は顔を上げた。海辺を、花火が彩る。少し離れた場所から歓声が上がっていた。
 ・・・高校生の頃は、この恋が叶うとは思ってなかった。
 花火のように、あっという間に消えてしまう縁だと・・・だけど、そうじゃなかった。
 見上げれば陸遜が居て、自分に微笑みかけてくれる。手を伸ばせば繋いでくれる距離に、いてくれる。








 人に恋して、愛し、愛される幸せ・・・不変のものではなくても、今は『 永遠 』だと信じさせて。








 涙ぐんだを、陸遜が愛しそうに抱き締める。


 寄り添った2人の仲良く花火を見上げる影は、外灯に照らされた煉瓦の上に長く、それは長く伸びていた。










Love Me Tender





// 後 編 //



( 愛してる、なんて陳腐な言葉で表現できないくらい、貴方を想ってる )