外は、雨だ。






 冷えたガラスに人差し指をくっつけて、窓に張り付いて、桟まで落ちる雫を辿る。
 落ちたところで、雫は水溜りに溶けていく。
 ・・・いいな、そこはお前の仲間がいるところ?だったら、私も溶けてしまいたい。
 一滴、一滴零れるたびに広がっていく水溜りを見ながら、私は『 私 』の感覚を放棄する。
 じわり、と身体が、心が、無の中に沈んでいく感覚に、身を委ねていると・・・。


「 ほら、。熱いから、気をつけて持てよ 」


 目の前に差し出されたカップに驚いて『 私 』は引き戻される。
 ゆっくりと振り返ろうとする前に、カップの柄を握らされる。中身は、紅茶だった。
 くん、と鼻をついた香りは・・・果物のフレーバーティー。
 カップの中に息を吹いて冷ましてから、一口含む。


「 ・・・美味しい 」
「 そうか。お前が喜んでくれるなら、何よりだ 」
「 これも、まさか小十郎さんが作ったの? 」


 いや・・・さすがに無理だ、苦笑すると、自分の分のカップを持って、ベッドに入ってくる。
 ( でも、何でも出来ちゃう小十郎さんなら、勉強すれば作れるんじゃないかな )
 体育座りの私を引き寄せて、寒くないか?と包み込む。
 ううん、と首を振って見上げると、顎下の傷跡が見えた。つ、と指先で辿る。


「 指が冷えてるじゃねえか 」
「 さっきまで窓に触れていたから。身体が冷えた訳じゃないよ 」
「 ・・・嘘じゃねえだろうな 」
「 本当だってば。んもう・・・恋人の言うことくらい、全部信じてよ 」
「 は、他人を傷から守ろうとするが、自分の傷には疎いからな・・・全部は無理だな 」


 黙ってしまうのは、私の番。否定できないから、どうしようもないのだけれど・・・。
 誤魔化すように残りの紅茶を飲み干すと、サイドテーブルにカップを置く。
 小十郎さんの、膝の間に戻って・・・さっきと同じように、窓の外へと視線を向ける。


「 雨・・・止まないね 」


 台風が近づいているからな、と言って、彼は飲み終わったカップを私のカップの隣に置いた。
 タオルケットを私の肩にかけて、後ろから抱きすくめられる。
 いつもはオールバックにしている前髪が、私の肩にかかった。くすぐったくて身を捩る。
 すると、意地悪をする子供のように、腕の力を強めて、肩にほお擦りするから堪らない。
 抗議の声を上げると、小十郎さんも声を上げて笑っていた。
 身体を反転させて、その唇にキスして裸のままハグをすれば。
 お、お前にしては、随分と積極的だな・・・と冷静沈着な彼から、少しだけ焦った声が聞こえた。
 ( だって、さっきのお返しだもの! )
 くすくす、くすくす・・・と部屋に、二人の甘い笑い声が響く。


「 ・・・このまま、止まなきゃいいのにね 」
「 ・・・? 」
「 雨が止まなくて、辺りが海になればいい。そしたら、もう帰らなくて済むもの・・・あの家に 」
「 ・・・・・・・・・ 」


 小十郎さんは、何も言わなかった。
 そんなこと言うな、とか、そう思っていても帰るべきだ、とか。
 ただ、ただ、抱き締めてくれているのが、今は嬉しい。


「 ふふ、小十郎さんは、優しいね・・・私の欲しい言葉は、ひとつも言ってくれないんだ 」
「 責任の持てねえ言葉は、言わねえ主義だ。言ってところで・・・お前は悲しむだろう 」


 そうかな、と問えば、間違いねえ、俺が保障してやると苦笑した。


「 逃げるなんざ、自分の流儀に反する・・・そういう女だろう、お前は 」
「 ・・・小十郎さん・・・ 」
「 本当はお前に傷ついてなんか欲しくねえ。出来ることなら、この部屋に閉じ込めておきてえ。
  だけど・・・それじゃ、納得しないだろ、お前自身が 」
「 ・・・・・・・・・ 」
「 俺に出来るのは、傷ついたお前を、とことん癒すことしかできねえ・・・すまない 」
「 ううん・・・ううん!小十郎さん、小十郎、さ・・・ 」


 頭を下げた小十郎さんの胸にしがみつく。
 違う、謝って欲しいんじゃない。嫌味を言ったんじゃない。
 泣き出した私の髪を、そっと撫でる優しいてのひら。大きくて温かくて・・・安心する。


「 のキモチはわかってる・・・だから、泣くな 」
「 こ・・・こじゅうろ・・・さ・・・、っ! 」


 雨粒が、私の瞳に宿ったかのように。
 頬を滑る雫を指で払って、そのまま一度、バードキス。涙を止めると、今度は深く口付ける。
 小十郎さんの舌が器用に動いて、舌を絡め取られて、歯列をなぞった。
 彼の薄い唇から吐き出される感嘆の吐息に、身体の熱が上がる。
 泣きじゃくった後だけに、あっという間に呼吸が出来なくなって。
 降参、と根を上げる寸前で・・・小十郎さんの唇が離れた。


「 これだけは、・・・お前に約束できる。俺は必ず、迎えに行く 」
「 ・・・こ、じゅ・・・ 」
「 今は、お前のやりたいように、好きなように『 生きて 』来い。
  俺はここで・・・隣で、お前の生き様を見守っていてやるから。
  だが、この誓いは『 その時 』が来たら、必ず、だ。つべこべ言わずに、俺に攫われろ 」


 ・・・まるで、脅し文句みたいだ。
 ぷ、と吹き出して笑い出した私に、彼はちょっと傷ついた表情をして・・・同じように頬を緩めた。
 私の頭をもう一度撫でて、そのままゆっくりとベッドへとひっくり返す。
 真っ白いシーツの波に、身体を横たわせた。絡んだ指先が、その波間を漂う。


 私たちの身体は・・・互いの熱を求め合って、水底へと、深く、深く・・・沈んでいった。












 ・・・今は、小十郎さんの、その『 言葉 』だけで、充分だ
 どうか、私の隣で見ていて、見守っていて




 不器用だけど・・・これが、私の『 生き様 』だから












 外は、雨だ






 だけど・・・降り止まない、雨はないのだ












願いの海に溶けた涙



( 真っ直ぐ未来だけを見据える時が来たら、私も貴方の胸に飛び込むよ )



この作品は『 彩虹−SAIKOU− 』のもーちゃんに捧げます!

Material:"こみる だいありー"
Title:"ユグドラシル"