僕は、堀川国広。
刀工・堀川国広作の脇差で、新撰組『鬼の副長』と呼ばれた土方歳三が前の主です。
今は『鬼』という言葉とは無縁の、僕よりずいぶん後の時代に生を受けたうら若い女性が僕の主さん。
主さんは若いのにしっかりしていて、でもどこか抜けてて( またそこが可愛いけど! )笑顔が素敵な人だ。
僕たちが刀剣男子で、彼女が持ち主だからということを差し引いても、僕たちは主さんが好きだった。
だけど・・・顕現した時に、主が女性だと知るや否や、嫌な顔をする刀剣男子もいる。
「 何だよ、女かよ 」
そう言ったのは、兼さんだ。
たまたま立ち会った鍛刀で、相棒の和泉守兼定に逢えて確かに胸が躍ったのに、その一瞬だけ萎えた。
戸惑う僕の前に一歩出て、主さんは凛とした声で告げた。
「 初めまして、和泉守兼定。
確かに私は女の審判者だけど、体力も精神力も男性審判者に負けないつもりよ 」
うわああ、主さんかっこいい!
そう言って胸を張る主さんがけなげで、僕、キュンとしちゃったよ!
「 どうかな。女は弱え。男に守られる生き物だろ 」
兼さんは、わざと彼女の前に立って見下ろすと、ハン!と鼻を鳴らす。
その上、顎クイまでするものだから、主さんに何をするんだ!と注意しつつも、見惚れた。
身長差といい美男美女の組み合わせといい。
脇差の僕には何ひとつ敵わなくて、純粋に羨ましい・・・と思ってしまう。
前の主の影響を多大に受けた兼さんなりの威圧。だけど、主さんは怯まなかった。
「 刀剣男子に守られている点は、確かに全否定できない。
けれど審判者として、責任を持って職務に励んでいるわ。
私を” 女だから ”と見下すのは、その目で力量を確かめてからにしてくださいな 」
そこで兼さんへの視線をふっと緩めて、微笑んだ。
「 それまで、でも構わない。貴方の力を貸してちょうだい、和泉守 」
「 ・・・・・・おう 」
顎にかけた指先を離して、隠しようもないほど染まった頬を見れば察しが付く。
兼さんは、今代の主さんの気概に惚れたんだってね。
僕は嬉しくて兼さんに飛びつく。
ああ嬉しい!何て素敵なことなんだ!!
大好きな兼さんと、大好きな主さんと、これから一緒にやっていけるなんて!
く、国弘!と慌てる兼さんに抱きついて離れない僕を見て、主さんは一等素敵な笑顔を浮かべた。
なのに、その笑顔はすぐに固まる。
「 主、入るぞ 」
鍛刀部屋に入ってきたのは、主さんの初期刀で、万年近侍の山姥切国弘。僕の兄弟だ。
まんばくんっ!と主さんは黄色い声を上げる。
それだけで、彼女がどれだけ初期刀を信頼しているかが伺える。
けれど、兄弟が、顕現したての刀との微笑ましい光景に眉を寄せたのを見て、顔色が変えた。
「 あっ、あの、まんばくん!和泉守兼定が来てくれたよ! 」
「 写しの俺でも、それくらい見ればわかる 」
「 ・・・あ・・・そ、そうだよね、ごめん・・・ 」
申し訳なさそうにへらっと笑ってみせては、逸らした表情が悲しそうに曇る。
僕も兼さんも、兄弟だって気づいたのに。
何かフォローするような言葉をかけることなく、苦虫を潰したような顔して、布を目深に被った。
「 ・・・政府から急ぎの連絡が入ってきた。すぐ執務室に戻ってきてくれ。
それから兄弟、和泉守に本丸を案内してやってくれるか 」
「 わかりました! 」
わざと明るく言うと、主さんは少し回復したのか、唇の端を持ち上げて僕へと頷いた。
片づけをしてから執務室に戻るという二人を残して、鍛刀部屋を出る。
兼さんは廊下に差し込む太陽の光に、眩しそうに顔を顰めて、そのまま俯いた。
刀剣男子になると、刀の時とは目線のさも違う。
そうか、僕もそうだったけれど人の身体に慣れるのには時間が・・・と思ったけれど、
「 ・・・なあ、主はあいつと仲が悪いのか? 」
予想外の質問に、あいつって誰のこと?と尋ねる。
兼さんは無言で襖の向こうへと視線を流す。ああ、
「 山姥切国広のこと?初期刀だもの、悪くなんかないよ。主さん、いつもすごく頼りにしているよ 」
「 そうか?主は頼ってても、山姥切の態度見てると、何かそっけねえっつーか・・・ 」
「 兄弟はそういうの苦手なんだよ 」
と説明したが、イマイチ腑に落ちていない様子だ。
でも、そんな不貞腐れた顔も微笑ましいと思う程、兼さんの顕現が嬉しいんだ!
スキップしながら兼さんの手を引いて、本丸を練り歩く。
みんな、紹介するよ!僕の相棒の兼さん!!
新しい仲間を歓迎する言葉に、徐々に気分が高揚してきたようだったけど。
今度は、ぼんやりとする時間が増えた。
「 なあ、主はあいつと仲が良いのか? 」
この前とは真逆な台詞。頬杖をついて、窓の外を眺める兼さんの視線の先を追う。
・・・ああ、主さんと兄弟だ。
主さんは政府や万屋へ出かける際、必ず横に並ぶ刀剣男子に合わせた着物を身に着ける。
彼女の気遣いのひとつで、主さん曰く『 皆さんの隣に立ってもに遜色ないように 』だそうだ。
今日もいつもの巫女装束ではなく、向日葵色の留袖を着ているから、どこかへ出かけていたのだろう。
兄弟にしては珍しく、笑顔で主さんと話している。
表情豊かな彼女は、庭を歩きながら夢中で話している様子だ。
だから気づかなかったのだろう。足元の石に躓いて転げそうになる。
あ、と僕も叫んだけど、兼さんなんか窓の梁から身を乗り出していた。
・・・当然だけど、兄弟の手が主さんの身体を支えていて。
突如縮まった距離に慌てた様子で、ありがとう、と呟く彼女は熟れた林檎のように真っ赤だった。
・・・いつもとは違う、乙女チック全開な姿を見れるのは、初期刀の前だけだ。
山姥切国広の前でだけ” 女性 ”になる主さんは、本丸内では有名。
かつ、それが僕の兄弟だってことを誇りに思っている。
僕は、そんな二人におかえりなさい!と手を振ると、気づいた主さんが大きく振り返してくれた。
「 堀川くん、和泉守さん、美味しい羊羹を買ってきてので、一緒に食べませんか? 」
「 わぁ!ありがとうございます!!よかったね、兼さん 」
と、隣を見やると
「 ・・・俺はいらねえ 」
素っ気なく答えて窓辺から離れると、僕が引き留める前にどこかへ行ってしまった。
階下で、兄弟と主さんが寂しい顔をしているのが目に入る。
一体、どうしたって言うんだろう・・・兼さん。
あんなに主さんを心配して、気にしているように見、
「 それは恋慕の情だ。恋、というやつだな 」
お茶を淹れてくる、と席を立った主さんのいないところで、相談相手の兄弟が言った。
え、と小さく呟いて、自分でも目が丸くなったのがわかった。
好き・・・?好きって、それって、つまり、あ・・・えええっ、まさか!?
ぽかんと口を開いて固まる僕に、翳りを増した兄弟が小さく溜息を吐く。
「 あいつを” 女性 ”として好いている奴は多いからな 」
「 ・・・” 女性 ”・・・ 」
こんな僕でも、主さんを『 女性らしいな 』と思うことはあった。
でも、兄弟が指す言葉は意味が違う。男女のそれだ。
意識したことなかったけれど、兼さんは浮名を流した前主の影響が濃い。
肉体を得て間もないのに、いつから女性として見ていたのだろう・・・・・・ん?
「 兄弟は、どうしてそれが” 恋 ”だって解ったの? 」
「 ・・・ッ!そ、それは、その 」
「 なあに?何の話?? 」
しどろもどろになる兄弟の後ろから、ひょっこり顔を出す主さん。
湯気の立つ湯呑を乗せた盆を置き、彼の隣に腰を下ろした。
「 堀川くん聞いてよ!まんばくんがね、自分から万屋に行こうって誘ってくれてね。
今日発売の新作の羊羹のこと教えてくれたんだよ!私が羊羹好きだから、一緒にって 」
「 へえ・・・あ、美味しい! 」
「 私も試食させてもらったけど美味しいよね!
教えてくれたくれたまんばくんに感謝だよー。ありがとうね、まんばくん 」
「 い、いや・・・俺は大したことはしていない。写しだしな 」
「 写しだからとかじゃなくて。
まんばくんが、私の好きなもの覚えててくれたことが嬉しいんだよ 」
「 ・・・・・・ 」
耳まで真っ赤になった兄弟には気づかず、主さんが賛辞の言葉を並べる。
いつものように、やめてくれ、とは言わなかった。余程嬉しかったんだと思う。
兄弟は照れ屋だから、顔にも態度にも出さないけれど・・・その、やっぱり、そうなのだろうか。
主さんの『 まんばくん 』には、たくさんの親愛が込められている。
( ・・・いいなぁ。羨ましいな )
どんなに突っぱねていても、注がれる愛情に応えたいと思うのが性だと思うから。
物であっても、人であっても。
そのうち、用事を思い出した!と突然、兄弟が席を立った。
多分、単に主さんからの親愛をキャパシティが超えたんだと思う。
この初期刀の態度に、主さんが青褪める。
自分が何か言ってしまったのだろうか、という迷いと焦りが表情にありありと出ていた。
引き留めようと手を伸ばしたが、走り去る兄弟の背中が拒絶していた。
だから、僕も呼び止められなかった。
悲しそうな顔をして、黙って彼の背中を見送る主さんに、僕は出来るだけ優しく務めて、
「 主さん・・・ 」
と、声をかけた。
間を空けて・・・くるりと振り向いた時には、いつもの表情に戻っていた。
「 だめね。私ってば、すぐにまんばくんの機嫌を損ねちゃうの。
せっかく、皆で一緒に美味しいもの食べて、幸せだなって思ってたのに 」
「 そんなことないですよ。兄弟は、他の刀剣男子より少し照れ屋なんです 」
「 ・・・気を遣ってくれてありがとう、堀川くん 」
主さんは弱々しく微笑む。
そうじゃないのに。と言おうとしたが、彼女の中ではもうそういう定義になっているらしい。
諦めにも似た表情で小さく溜息を吐いた。潤んだ瞳を隠そうと、くしゃりと前髪を握る。
・・・その仕草が、何ともけなげで。僕は見惚れてしまったんだ。
主さんの涙は、僕を想って流すものではないのに。
人が人を想う、彼女の心の清らかさに触れた気がして。
僕は・・・頬が薄ら染まっていくのを止められず、滴を拭う主さんを見つめていた。
「 ・・・堀川くん? 」
と、今度は彼女が優しく尋ねてきた。
「 は、はい!何ですか、主さん!! 」
「 今日ね、頼んでいたものが届いたんだ。これ食べ終わったら、一緒に執務室に来てくれるかな 」
「 あ・・・はい 」
どこか拍子抜けした気分になるのは何故なんだろう。っていうか、僕、頬、まだ赤いかな・・・。
誤魔化すように湯呑の中身を煽って、熱い吐息を吐く。
日毎、冬の気配が訪れる空気の中に白く溶けていくのをぼんやり見守っていた。
すると、主さんがお茶を足してくれた。
主さんの痛みを覆うように、他愛もない話に花を咲かせてみせる。
ころころと笑う主さんの姿に目を細めて、僕はもう一度湯呑に口をつけた。
色づいた紅葉の隙間から顔を出す秋空を、感慨深く仰いだ。
( こうやって・・・縁側で、主さんと二人きりでお茶を啜る時間って貴重だな・・・ )
主さんを独り占めしている気分になれるんだ。
僕の大好きな主さん。一等、幸せになってほしいと思っている人。
兄弟のように深く想われていないだろうし、兼さんほど激しく嫉妬するほどの気持ちはまだない。
でも・・・隣で咲く笑顔に、心がじわりと温かくなるんだ。
( ・・・ああ、そうか。僕も、か )
そっと瞳を閉じた瞬間、覚悟は決まった。
僕は修行に出ます。これからも、主さんの刀でありたいと願うから。
「 おかえりなさい・・・堀川くん 」
「 ただいま、主さん 」
本丸の時間枠ではたった96時間ぶりだというのに。
僕が『 過去 』で過ごしてきた年月を思ってか、主さんは瞳を細める。
そして・・・頬を興奮に上気させながら、ゆっくりと上から下まで僕の姿を眺めた。
「 無事な姿を見せてくれて嬉しい。和泉守もまんばくんも、堀川くんの帰りを待ってたよ 」
「 うん、そうだね。ようやくこれで・・・僕も、主さんの刀だって胸を張れる 」
「 今までもこれからも、胸を張ってください!堀川くんは、私の大切な大切な一振りなんだから 」
懸命に力説する姿と言葉に、自然と顔が緩む。
もう・・・主さんはいつだって優しいんだから。
にこにこ顔の主さんを真正面から見据えて、大きく一歩距離を詰める。
・・・修行に出る時、僕の手をしっかりと握って送り出してくれた彼女の手を、僕から握った。
( 僕は兼さんが大事で、兄弟が大事で、それ以上に主さんが大事だよ )
何だか後出しジャンケンみたいで、二人の気持ちを慮っては、逃げ出したい気持ちに駆られる。
でも・・・その引け目さえ” 力 ”に変えようと思って、修行に出たんだ。
今までとは違う、この感情に気付いた新たな自分で、主さん・・・貴女を。
「 貴女を、これからも、必ず護ります 」
ありがとう、と満面の笑みを浮かべる主さんは、僕の気持ちなんか欠片も気づいていないと思うけど。
それでもスタートラインに立った。後は、全力で前に走り出すだけだ。
兼さんにも、兄弟にも譲れない場所に、僕はいる。
運命があるなら
( 強く、なおかっこよく、っと・・・いつか、今まで以上に貴女に認められたいから )
Title:"永遠少年症候群"
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