久々に彼女からの『 お誘い 』を受けて、俺ら二人は海岸沿いを歩いている。
冬の海岸を散歩しよう、と提案してくれたのは、ちゃんだった。
そこが俺のお気に入りスポットだって言ったのを・・・覚えてくれていたらしい。
( もう・・・随分前に話したことなのに )
寂しいカンジがするんだ、と言えば、こくりと頷いて、優しく微笑んでいた。
俺を理解して、そこに静かに佇んでいてくれる・・・そんなちゃんが、俺は好きだった。
・・・・・・・・・だけ、ど。
「 ドキドキする時って、どんな時? 」
細波の音に混じって、彼女が首を傾げる。
・・・今、まさにドキっとしただなんて、言える訳がない。
「 そうだなーぁ・・・ 」
なんて言葉を濁しながら、あれこれ言ってみたけれど、それは全部雑誌の受け売り。
ちゃんは、へえ!なんて驚いたり、納得したように頷きながら真剣に聞いているけど、
本当はそんな仕草こそが、君を『 魅力 』に見せているんだ、けどなあ・・・。
( だけど、ちゃんがドキドキして欲しいヒトは、俺じゃない・・・ )
さっすがニーナだね、相談して正解だった、と笑顔になったのを見れば、俺だって嬉しくなる。
・・・この『 親友 』という立場を選んだのは、俺自身の選択だから。
「 だろ?俺でよければいつでも相談に乗るぜ 」
「 うん、ありがとう・・・あ、もうひとつだけ、最後に聞いてもいい? 」
「 いいぜ、俺、ちゃんのお願いなら何でも聞いてあげる! 」
「 ふふ、ニーナったら 」
くすくすと微笑むけれど、俺は至って本気だぜ?
隣を歩いていた彼女が、ふと見上げて、俺を見つめた。
「 ・・・ニーナは、好きなヒト、いる? 」
ざっ・・・と砂を踏みしめていた足が、止まる。
気づかずに数歩前に出た彼女も足を止めて、ニーナ?と不思議そうな視線を投げかけた。
彼女の顔を、今にも沈みそうな夕陽が、赤く照らしている。
大きな黒い瞳が、半分オレンジ色に揺らめいていて・・・美しい。
・・・あの日も、こんな時間帯の、海辺だった。
砂浜に横たわった長い影までもを、抱き締めたかった。
好きで好きで、たまらなくて。時間を重ねていくたびに、俺は夢中になっていく。
どんどん想いが加速していく中で・・・その想いは、膨らむのを止めた。
どんなに愛しても・・・彼女の視線は、別の男へと向けられていたのを知ったから。
『 これからは、俺に相談してくれよ。な、ちゃん 』
なーんて、調子に乗って言ってしまって、後からどんだけ後悔したか。
自分の性格をこれほど呪ったことは・・・・・・・・・ない。
「 ニーナ?・・・あ、ごめん、あの、何となく、聞いてみたかっただけだから 」
不安になってきたのか、ちゃんが俺の立ち位置まで足を戻して、向かい合う。
そんな彼女の両肩を、掴む。小さな悲鳴が上がった。
「 あ、あのさ!俺・・・俺さ、俺・・・・・・ 」
「 ・・・ニーナ? 」
・・・マジ、やばい。俺、告るのかよ、このまま。
彼女が誰を好きか知っていて。今まで散々相談に乗っていて、終いにゃこれかよ。
色好い返事なんか、もらえるわけないのに。ここでフラれて、彼女との関係もジ・エンド。
『 親友 』になったのだって・・・それでも、ちゃんの傍にいたい、って思ったから。
半分パニックになったまま、彼女を見下ろせば・・・。
ちゃんの視線は、両肩を掴まれている俺、ではなく・・・その背後へと・・・。
「 ・・・ニーナ、とか? 」
・・・嵐、くん、と消え入りそうなちゃんの声。
掌に、彼女の緊張が伝わってきた。俺は一瞬だけ、ぎゅ、と目を瞑って。
思い切って振り返った視線の先に、柔道着姿の嵐さんが立っていた。
ランニング中だったのだろうか。
肩が大きく上下し、息が白くなっていていても、寒そうな素振りはなかった。
「 どうしたんだよ、二人とも、こんなところで 」
「 押忍・・・いや、ちょっと用事があって・・・ 」
「 用事? 」
「 ・・・来週から、俺だけ体力メニュー増やしてもらう予定なんで、その確認っす 」
我ながら、見事な嘘だ、と思う。
ね?と彼女に話題を振れば、声も出ない様子で首だけ縦に振る。
( 夕陽の中でも、さっきとは比べ物にならないくらい、真っ赤になっているのがわかった )
嵐さんは、そうか、と少し笑った。
「 偉いな、新名。やっと本気で取り組んでくれる気になったか 」
「 いや・・・俺はいつだって本気っすよ 」
「 、頼むぞ 」
「 お・・・押忍! 」
「 じゃあな 」
俺らの目の前を通り過ぎて行く柔道着から、汗の匂いが鼻を掠める。
全速力でのランニングなのか。気がつけば、嵐さんはあっという間に遠くなっていく。
小さくなっていく背中を、無言で・・・見送る、ちゃんを。
隣で見ていた俺は、危うく、抱きしめそうに、なる・・・。
( だめだ・・・それをしたら、俺はもう隣にいられない )
思い留まった手で、自分の頭をがしがしと掻いた。
「 ・・・行こっか 」
嵐さんの姿が完全に見えなくなって、波間に消えてしまいそうな小さな声で呟く。
彼女が『 ドキドキ 』してほしいのは、嵐さん。俺じゃなくて、嵐さん。
その瞳が、俺を見てくれたのなら・・・。
絶世の美女が現れたって、彼女だけを愛するって、俺、誓えるのに。
なんでこんなに『 もどかしい 』恋愛・・・選んじゃったのかな、俺・・・。
心赦せるヒトでありたいのに、隙を見せないでと願う時だってある。
「 なあ・・・ちゃん 」
ぴたりと足を止めて、彼女が振り返った。
海風に髪がなびくのを、片手で押さえている。
「 俺と嵐さん、どっちが好き? 」
彼女の答えはわかっている・・・俺を目の前にして、否定するなんてことはしない。
だからこそ、意地悪だってわかってても、聞きたかったんだ。
逆光だったから不確かだったけれど。
・・・一瞬の間を空けて、彼女が、微笑んだ。
「 ・・・もちろん、ニーナだよ。大好き 」
残酷なくらい、優しい微笑みだった。
嘘 吐 き
それでもきみは笑うね
( 俺が子供だったら、ぜってー今、膝を抱えて泣いている・・・彼女の、あまりにも残酷な答えに )
Title:"TigerLily"
Material:"Sky Ruins"