2月28日。
 今頃・・・羽学では、卒業式が執り行われているのだろう。






 春の日差しというにはまだ遠いが、穏やかな光の中で俺はベッドに寝そべっていた。
 静かな部屋に、かち、こち、と正確なリズムを刻む時計の音だけが響いている。
 ぼんやりと天井ばかり見ていた視線が動く。その時計が指す時刻は、午前10時。


 生徒会長だった氷上が、答辞を読み上げる姿が目に浮かぶ・・・うん、アイツなら上手くやれる。
 針谷はきっと欠伸を噛み殺しているだろう。だけど志波は絶対に爆睡だ。
 ・・・と、思ったら笑えてきた。ごろりと寝返りを打って、クスクスと忍び笑い。
 ああ、俺、まだ笑えるんだ。羽学のみんなのことを思い出すだけで、こんなに。
 珊瑚礁を守ることが俺の全てで、その為に勉強することに必死で。
 学園生活なんて関係ないと思ってた・・・だけど、違ったんだな。
 あいつらと・・・仲間と過ごした3年間は、全然無駄なんかじゃなかった。俺は、楽しかったんだ。


 それもこれも、全部、アイツのおかげなんだ。






『 瑛くん・・・どうして、 』






 待って、行かないで。


 そう泣き叫んでいたを・・・俺は、忘れられないだろう。
 忘れたくても忘れられないし・・・っていうか、俺自身だって忘れたくないんだ。
 でも・・・あの日、別れの時。潮風の吹く、冬の浜辺で。
 泣いていた彼女を振り返らなくて、本当に良かった。
 振り返ってたら、俺・・・絶対、抱き締めて二度と離れられなかったと、思うから・・・。






 気づかぬ再会は、最悪で( あれは・・・今では、俺も反省している、うん )
 不意のキスは、焦ってばかりで( 事故だと言い張ったが、認めてれば何か違っただろうか )
 珊瑚礁では、ミスばかりしていて( 俺が何度もフォローしてやったって、アイツわかってるのか )
 昼寝や朝の自習を、こっそり盗み見られてて( ああもう!思い出しただけで苛々する!! )


 だけど


 明るい笑顔とめげない性格で( それしか長所が無いとはいえ・・・いや、それが一番なんだけどさ )
 どんなに部活で疲れても、ちゃんと丁寧に接客してたし( ま、まあ当然だけどな!仕事だし! )
 デートの時には、俺の好みの服装とか研究してくれてるし( あまりの魅力に言葉に詰まる時もあった )
 どんな『 俺 』にも平等に接してくれたのは、彼女だけだ、し( ・・・・・・・・・ )






 最初は、成績も運動も人並みで、目立たないただの一生徒だった彼女。
 彼女の人柄に惹かれて、いつの間にか人が集まる。氷上も、針谷も、志波も、女子たちも。
 俺だけの『  』だったのに。卒業が近くなる頃には、みんなの『  』になっていた。


 ・・・なあ、俺がどんな気持ちで見つめていたか、お前わかってたか?
 





『 傍にいるよ、瑛くんの・・・いつでも、傍にいるから 』






 優しく微笑んだまま呟いたに・・・俺が素直になれなかった、本当の理由。
 羨ましかった。そして怖かった。が、いつか自分の手の届かない存在になってしまうことが。


 このままじゃ俺、お前から離れられなくなるのを・・・認めたくなくなかった。


 だから離れた。好きだったのに・・・いや、好きだったからこそ、かな。
 の気持ちが離れてしまうことが怖くて、自分から距離をとったんだ。
 それが、どんなにアイツを傷つける結果になったとしても。






 寝転んだベッドから、窓辺に置かれた硝子のイルカを見つめた。
 が声をかけて、他の仲間と連名で買ってくれた誕生日プレゼントだ。
 こんなこと初めてで、どうしたらいいかわからなくて・・・照れてばかりいた。
 硝子のように透明で、純粋な思い出。そんなイルカの真下に放り出された・・・ひとつの、鍵。


 ・・・・・・あれは、俺の唯一の『 希望 』。






「 ・・・・・・ 」






 声に出したら、どうしようもなく恋しい。だから今まで音にすることのなかった愛しい名前。
 ・・・声の無い人魚姫はさ、好きな王子の名前さえ呼べなかったんだな。
 自分のことを思い出してはくれなかったけど、もう一度恋に堕ちたことは唯一の救いだったはずだ。
 好きで好きで堪らなかったのに、それでも2人は最終的に『 別れる 』道しか選べなかった。
 泡になったのは身体だけじゃない・・・きっと、恋心も。
 今の俺ならわかる。王子を、を護りたい・・・それが報われない気持ちだったとしても・・・。


 ・・・ん?これじゃあ、俺が『 人魚姫 』ってことになるじゃないか。






「 俺は・・・泡には、ならないぞ 」






 勢い良く起きると、ぎしりとベッドが悲鳴を上げた。
 口に出したら・・・何だ、思ったよりも浮上できるじゃないか。


 そっと自室のドアを開いて、階下の様子を確かめる。
 物音ひとつしないし、人の気配もない・・・父さんは仕事、母さんは買い物かな。
 次に部屋に備え付けられたクローゼットへと歩き出し、扉を開ける。
 そこには、もう二度と着ることがないと思っていた羽学のグレーの制服があった。
 手に取ると懐かしい重み。俺は、ぎゅっと抱き締めた。


 卒業式の後は、ホームルームがあるはずだ。卒業証書、一人ずつもらうだろうし。
 は友達が多いから、別れを済ますにも時間がかかるはず。
 ざっと計算しても・・・うん、俺が学校に着くまで、まだ校内にいるはずだ。






 驚くかな。それとも、忘れられてる、か?
 いや・・・最悪それでも構わないと思う。俺は『 伝える 』だけだ。






「 のこと、ずっと好きだった・・・その一言を 」






 俺には声も、足もある。
 何より届けたい『 気持ち 』が・・・今、俺の胸の中で膨れ上がっている。
 人魚姫にはならない。恋心は泡にならない。彼女のことも・・・悲しむばかりの王子にはさせない。


 待っててくれ、
 今度こそ躊躇うことなくお前を抱き締めて、二度と離さないと・・・そう誓うから。














 着慣れた制服に、袖を通す。


 ポケットの中で鍵が鳴る音に満足そうに微笑んで・・・俺は、青空の下へと躍り出た。





















( 悲しいだけの物語の結末なんて、俺がハッピーエンドに変えてみせる! )






Title:"群青三メートル手前"