「 ブルーマウンテンはいかがですか?僕も大好きなんです 」
「 えーっ、それじゃ一杯頂こうかな 」
「 ありがとうございます。すぐにお持ちいたしますので 」


 にっこりと微笑むと、テーブル席の女はぽっと頬を赤らめた。
 背を向けた瞬間に、俺は心の中で舌を出す。
 ・・・けっ、気持ちわりぃ。
 年増のクセに似合わねぇ化粧しやがって。


「 ・・・瑛、顔に出てますよ 」
「 え、やば! 」


 カウンターに戻ると、カップにコーヒーを注ぐ祖父。
 ブルーマウンテンの香りが、鼻を衝いた。


「 珍しいですね。営業中に鉄面皮を怠るなんて 」
「 はー・・・だな。気が緩んでいるのかも 」


 居るはずの人間が、一人欠けただけで。
 そう想うだけで、自分の周囲だけ空気が薄くなったみたいに。
 きゅ・・・とココロの奥が、締め付けられる。








 ・・・・・・ああ、に・・・・・・逢い、た・・・・・・・・・








「 んなワケあるか、バカ!! 」
「 すみませーん 」


 と叫びそうになった、はずなのに、作ったのは営業スマイル。
 指されたメニューを暗記して、オーダーをマスターに告げる。
 今度はカウンターに用意されたブルーマウンテンを運ぶ。
 さっきのオバサンが、”ありがとう”と嬉しそうにカップを手に取った。




 かちゃり、と揺れたカップに、おっちょこちょいのアイツがいた。
 ふわり、とケーキに添えられたクリームにも、必死に盛り付けをするアイツがいた。
 うふふ、と店内を木霊する笑い声の中にも、満面の笑顔で接客するアイツがいた。




 ・・・あー、ヤバイヤバイ!!!
 落ち着けよ、俺!何、考えてんだよ。
 まるで、アイツの・・・のこと・・・す、す、す、好、き・・・みたいじゃんか!!
 ここ数日・・・体調を壊しているらしく(と、西本が言っていた)姿が見えないからって、
 何だか、俺まで変な・・・気分だ。
 営業中に誰かに想いを馳せるなんて・・・・・・今まで絶対!なかったのに。


「 ・・・る、瑛 」


 肩を叩かれて、ようやく我に返る。


「 何だ、顔を赤らめて・・・熱でもあるのか? 」
「 ・・・っ、ないよ! 」


 ・・・・・・赤いのか?俺の、顔。
 アイツの・・・コトばかり、考えていたからな、のか!?


「 ふー・・・ココはいいから、ちょっと買い出しに行って来てくれませんか 」
「 買い出し?店開ける前に、行って来たばかりなんだけど 」
「 生クリームが足りなくなりそうなんですよ。今日はケーキの注文が多いようで 」
「 それなら、奥の冷蔵室にたくさん・・・ 」
「 瑛 」


 マスターは、俺の言葉を遮って丁寧に包まれた袋を差し出した。
 手に乗せると、ひんやりと冷たい。


「 コレ・・・今日、店で出そうと思ってたシャーベット・・・? 」


 一回、試作で作ってみたらのヤツが、すっごく誉めてくれて。
 そうだ・・・・・・コレ・・・・・・。


「 夕陽の沈む前までなら、私一人でも大丈夫だから 」
「 ・・・サンキュ、マスター 」


 俺は、シャーベットの入った袋を提げると、店の外へと・・・と、ヤベ。
 い、一応、外でも店内でのイメージを崩さないよう、身だしなみはしっかりしないとな!
 裏口に立てかけてある鏡で、ちょいちょい、っと髪を摘む。


「 行って来る! 」
「 行ってらっしゃい・・・さんに、よろしくな 」
「 ・・・・・・逢、わねぇ、よ!! 」
「 そうかそうか 」


 身だしなみをそこまで気にしといて、逢わないのか。
 カウンターでクスクスと笑いを堪えるように、肩を揺らしたマスター。


 ・・・ちっ、くしょー・・・全部、のせい、だかんな!!








 ピンポー・・・ン。
 少しくぐもったチャイムの音。彼女の家族に、お得意の営業スマイル。
 シャーベットを渡して、俺はの部屋へと向かう。


 そういや、玄関までってのは何度かあったけれど、室内は初めてだ。
 思いっきりちらかっていたりして、と俺は口の端を持ち上げる。
 慌てた様子のを思い浮かべて、自分の頬が染まっていくのを感じた。






 まだ・・・この想いを、言葉で表現することは出来ないけれど






 ・・・とりあえず


 明日学校に来れるくらい、元気になってくれていればいいな












 俺はそっと・・・・・・彼女へと続く、ドアノブに手をかけた











I want to know what love is








( 愛とは何ぞや? )






Material:"Invisible Green"
Title:"構成物質"